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18-5 惠美押勝誅伐の詔 淳仁天皇(第四十七代)

惠美押勝えみのおしかつ誅伐ちゅうばつみことのり(第五段)(天平寶字八年九月 續日本紀

然朕曾利御袈裟止毛、國家不行阿流己止不得。佛、國王王位坐時菩薩淨戒受與在。此倍方、出家政豈障倍岐仁方不在。故是以出家之久伊末世仁、出家之天在大臣部之止、樂末須仁方阿良禰止毛、此道鏡禪師大臣禪師末都流諸聞宣。

【謹譯】ちんかみりてほとけ御袈裟み け さてあれども、國家あめのしたまつりごとおこなはずあることず。ほとけきょうのりたまわく、國王こくおう王位おういいまとき菩薩ぼさつ淨戒じょうかいうけよとのりてあり。れによっおもへば、いえまつりごとおこなふにあにさわるべきものにはあらず。これもっみかど出家いえでしくいますには、出家いえでしてある大臣おおおみもあるべしとおもひて、ねがひますくらいにはあらねども、道鏡どうきょう禪師ぜんじ大臣おおおみ禪師ぜんじくらいさずけまつることもろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯髪を剃りて 髪をつて佛門ぶつもんたまふこと。法名ほうみょう法基尼ほうきにと申した ◯袈裟 沙門しゃもん服裝ふくそうの一でとんじんの三どく捨離しゃりした表章ひょうしょうとして肩にかけて衣の上をおおふもの ◯菩薩の淨戒 菩薩ぼさつとはほとけぐ地位にある者で、勇猛心ゆうみょうしんを持ち菩提ぼだいを求め、大慈悲だいじひを以て衆生しゅじょうすくひ、妙覺みょうかくに近づいた人の意。この菩薩ぼさつから受ける戒律かいりつで、佛門ぶつもんる人の必ず受けなければならないのを菩薩戒ぼさつかいあるい菩薩ぼさつ淨戒じょうかいといふ。『三聚部しゅうぶ』には「一には攝律儀戒しょうりつぎかい、二には攝善法戒しょうぜんほうかい、三には衆生しょうしゅじょうかい」と區別くべつしてあるが、この場合はそれ程嚴密げんみつに考へる必要はない。なほ、この句は『梵網經ぼんもうきょう』に「佛子ぶっし、國王の位を受けむと欲する時、轉輪王てんりんおうの位を受くる時、百かんくらいを受くる時、まさ菩薩戒ぼさつかいを受くべし。一切の鬼神きじん王身おうしん・百かんの身を救護く ごし、諸佛しょぶつ歡喜かんき云々うんぬん」とあるのを引用した ◯樂ひます位 道鏡どうきょうが願望した地位、ごうねがいと同じ意 ◯大臣禪師 禪師ぜんじとしての地位にありながら、大臣の待遇をそれに加へる意。

【大意謹述】又、ちんは髪をつてほとけ袈裟け さを身につけ、佛敎ぶっきょう歸依き えしてはゐるが、國家の政治は行はないわけにはかない。ほとけも『梵網經ぼんもうきょう』の中で、「ほとけ御子み こが國王となり、又は王位にく時は、菩薩ぼさつきょ戒律かいりつを受けなければいけない」と言はれてゐる。これを考へると出家しゅっけしたのちに國家の政治を行つても、決してほとけ御敎戒ごきょうかいそむくことにはならない。ゆえに國王が出家してゐる時代には、出家した大臣もあつて差支さしつかえないと思ひ、別に道鏡どうきょう禪師ぜんじが願望してゐるのでないけれども、れに大臣の位を授けて大臣おおおみ禪師ぜんじと呼ばせることを諸神しょしんも御承知下さるやう、ここに祈り申す次第である。