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12 勇敢を簡點するの詔 元明天皇(第四十三代)

勇敢ゆうかん簡點かんてんするのみことのり和銅四年九月 續日本紀

凡衞士者、非常之設不虞之備、必須勇健應堪爲兵。而悉皆尫弱、亦不習武藝、徒有其名而不能爲益。如臨大事、何堪機要。傳不云乎、不敎人戰、是謂棄之。自今以後、專委長官、簡點勇敢便武之人、毎年代易焉。

【謹譯】およ衞士え じたるものは、非常ひじょうもうけ不虞ふ ぐそなえたり。かならすべから勇健ゆうけんまさつわものとなるにへしむべし。しかことごとみな尫弱おうじゃくまた武藝ぶげいならはず、いたずらにありてえきすことあたはず。大事だいじのぞまば、なん機要きようへん。でんはずや、おしへざるのひとたたかふは、これつとふと。自今じこん以後い ごもっぱ長官ちょうかんゆだね、勇敢ゆうかん便べんずるのひと簡點かんてんし、毎年まいねん代易だいえきせしめよ。

【字句謹解】◯衞士 宮中を守護する役人 ◯非常の設 非常な場合の防禦ぼうぎょ役 ◯不虞の備 思ひもよらない事件が起つた時にたいする平常からのそなえ ◯勇健 肉體にくたいが健康で勇敢な者 ◯尫弱 身體しんたいが弱く元氣のないこと、勇健ゆうけん反對はんたい ◯機要 重要な部分 ◯ 『論語ろんご』を指す。その子路し ろへんに「いわく、おしへざるの民を以てたたかふは、これ之をつとふ」とある ◯ 敗北する事が最初から判明してゐて、民を草野そうやつる如くだといふ意 ◯武を便ずる 十分に物の役に立つ見込ある者 ◯簡點 調べること ◯代易 交替させる。

〔注意〕元明げんみょう天皇和銅わどう三年に、平安遷都せんと實行じっこうされたので、特にこの時、宮廷守備兵の質を吟味ぎんみする必要があつたのである。

【大意謹述】宮廷守備の役人は、何か非常の事件が起つた時、又は思ひもよらないことから大事件となつた時、禁中きんちゅうを完全に危險きけんから救ふ目的で設備されたものであるから、必ず身體しんたいが丈夫で、勇敢な精神せいしんに富み、軍兵としての資格が十分あるやうに訓練しなければならない。しかるに今日の有樣ありさまは必要條件じょうけんと一致せず、全部が元氣なく身體しんたいも弱く、その上、武藝ぶげいを習ふ意思もない。これでは衞士え じの名はあつても少しも役に立たない。まん一大事が勃發ぼっぱつし、その場にけつけたとしても、どうして重大な責任を果し得ようか。決して衞士え じとして、守護役としての働きが出來るものではなからう。『論語ろんご』には、平生へいぜい、民に孝悌こうてい忠信ちゅうしんの道を敎へ、農閑のうかんを利用して兵事へいじを講習せしめずに、突然、民をつて戰場に出して敵に向はせると、必ず敗戰するは明かで、ほ民を草野そうやてるにひとしいとの意味が記してあるではないか。ゆえちんはこの弊風へいふうを一掃するために、今後は主として長官自身が事にあたり、勇敢武藝ぶげいに通じて物の役に立つものを調べ、毎年交替で宮廷に勤めさせ、守護兵としてのじつ發揮はっきさせんことを命ずる。

【備考】ここに兵士を訓練するについて、『論語ろんご』の言葉を引用されてゐるところに、重要な一つの意義がある。勇敢な兵士は、ただ身體しんたいが丈夫で、よく武藝ぶげいを知つてゐるといふだけでは、ほ物足らぬところがある。といふのは、ただそれのみでは、性根しょうねがしつかりとしないからだ。性根しょうねをしつかりさせるには、兵士に道德・倫常りんじょうを敎へ、忠道ちゅうどうを知らしめることが一番に必要である。忠道ちゅうどうの何たるかを知る兵士は、性根しょうねがしつかりして、大敵なればとて恐れず、小敵なればとてあなどらない。これがしんの勇士だ。だから、孟子もうしも、天地てんち正大せいだい浩然こうぜんき、つ「民を敎へずして之を用ふるは、之を民をなくすとふ」と明言した。つまり、孔子こうしの言葉とぼ同じ意味である。元明げんみょう天皇におかせられては以上のてんに考へ及び給ひ、一般將士しょうしを敎へ導かうといふ思召おぼしめしぐうせられたと拜察はいさつする。