5-3 新羅を討つの詔 欽明天皇(第二十九代)

新羅しらぎつのみことのり(第三段)(二十三年六月 日本書紀

況乎、太子大臣、處趺萼之親、泣血銜寃之寄、當蕃屛之任、靡頂至踵之恩。世受前朝之聽、身當後代之位。而不能瀝膽抽膓、共誅姧逆、雪天地之痛酷、報君父之仇讎、則死有恨臣子之道不成。

【謹譯】いわんや、太子み こ大臣おおおみ趺萼ふがくしんりて、うらみふくむのおもいあり、蕃屛はんぺいにんあたりて、いただきくびすいたれるのめぐみあり、よよさきみかどとくけて、後代こうだいくらいあたれり。しかるをきもひたはらわたき、とも姧逆かんぎゃくちゅうして、天地あめつち痛酷いたみきよめ、君父くんぷ仇讎あ だむくゆることあたはずば、すなわすとも、臣子しんしみちらざるをうらむことあらむ。

【字句謹解】◯太子・大臣 百濟くだら太子たいし大臣だいじんの事 ◯趺萼の親 これは太子にかかる語で、百濟王くだらおう正系せいけいの意 ◯血に泣き寃を銜む 國王が新羅しらぎのために殺され、百濟くだら軍が虐殺されるのを悲しみおおい新羅しらぎをうらむ ◯蕃屛の任 大臣にかけていふ、任那みまなを守り鎭撫ちんぶにんあたる事 ◯頂を靡で踵に至れるの恩 頭から足のきまでに注意して何事となく世話をやく意 ◯膽を瀝し膓を抽き 努力苦心する形容 ◯姧逆 惡心あくしんを持ち、きみに反逆すること。ここでは新羅しらぎの意 ◯天地の痛酷 天と地とが共になげきかなしむこと。天地の道は人の道の根本となる。人の道にそむいた新羅しらぎの行動は天地の道にそむくことになるから、かう言つた。

【大意謹述】してや百濟くだら正系せいけいたる皇子おうじ及び大臣などにあつては、その父をころされ、そのきみころされたのであるから鬱憤うっぷん抑へ難く、血を吐く思ひがするであらう。つ大臣としては、日本の蕃屛はんぺいの任にあたり、十分、意を配つて、周圍しゅういを支配し、代々よ よ前朝ぜんちょうとくを身に受け、これをのちに及ぼすべき地位にある。ゆえ左樣そ うした責任の地位にあるにかかわらず、努力・苦心して、新羅しらぎの逆賊をころし、天地共に痛む殘虐ざんぎゃくのあとをきよめ、かくてきみあだ、父の仇を報ずることがなければ、後世から子として臣としての義理にけてゐると非難されてもむを得まい。これおおい新羅しらぎを討たねばならぬ所以ゆえんである。

【備考】任那みまな日本府にっぽんふ滅亡といふことは、對外たいがい關係上かんけいじょう、重要な一現象であつた。それゆえ欽明きんめい天皇は、熱心に任那みまな興復こうふくくわだてられたのだが、御在世ございせ中には成功しなかつたのみならず、日本が朝鮮半島から手を引かねばならなくなつたことは、ここたんはっしたのである。日本が自國內のみに跼蹐きょくせきすることは、もとより朝野ちょうやの希望するところではない。が、結局、左樣そ うした運命に落著らくちゃくせねばならぬ場合に立ち至つた。勿論、欽明きんめい天皇以後においても、任那みまな興復こうふくといふてんについて、朝廷でも、緊張し、努力されたのは申す迄もない。