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2 四道將軍に下し給へる詔 崇神天皇(第十代)

四道しどう將軍しょうぐんくだたまへるみことのり(十年十月 日本書紀

今、返者悉伏誅、畿內無事。唯海外荒俗、騒動未止。其四道將軍等、今急發之。

【謹譯】いまそむきしものことごとちゅうふくし、畿內うちつくにことなし。海外わだのほか荒俗あらぶるひとども騒動ど よぐこといままず。れ四どう將軍等しょうぐんらいまきゅうまかれ。

【字句謹解】◯ 十年十月の現在 ◯返きし者悉く誅に伏し 武埴たけはに安彥やすひこの一とうが全部誅罰ちゅうばつされたこと。〔註一〕參照 ◯畿內 皇都こうと周圍しゅうい百里支那里數)の間をいふ ◯海外 これは本居もとおり宣長のりながが『古事紀こ じ きでん』中で疑つてゐるやうに、四どうを指したので外國を意味してはゐない。畿內きないたいする畿外きがいの意に考へれば大差ないであらう ◯荒俗 皇化こうかに服しない人々 ◯四道の將軍 四どうとは北陸・西海さいかい・東海・丹波(山陰)で、京都から各地方に行く重要な道筋である。北陸道へは大彥命おおひこのみこと西海さいかいには吉備津彥命きびつひこのみこと・東海には武渟川別命たけぬなかわわけのみこと丹波には丹波道主命たにわのみちぬしのみことを派遣された。

〔註一〕返きし者悉く誅に伏し 崇神すじん天皇天照大御神あまてらすおおみかみやまと笠縫邑かさぬいむらに祭り、天社てんしゃ國社こくしゃ神地しんち神戸かんべを定め、墨坂すみさか大坂おおさかの神を祭られたのち、十年の秋七月になつていよいよ畿外の人々にまで皇威こういひろめようと決心された。そこで四どうに將軍を派遣し、一おう敎化きょうかほどこして、それにしたがはなければ征伐し給ふことになつた。ところが、武埴たけはに安彥びやすひこが妻の吾田媛あたひめと共にそむいたので、將軍らは一時出發しゅっぱつを延期し、それに備へた。おりから、安彥は妻と呼應こおうして、大坂・山背やましろの二方面から一きょ皇都こうとに攻めつた。天皇五十狭芹彥命いさせりひこのみことを大坂からきた吾田媛あたひめの軍にあたらせ、大彥命おおひこのみこと及び彥國葺ひこくにふくを安彥と戰はせ、朝敵ちょうてきを亡ぼされた。今はもう畿內に皇威こういしたがはない者はゐなくなつたので、改めて十年十月に至り、このみことのりを下し、四どうに將軍を派遣されたのである。

【大意謹述】現在、謀叛者むほんものは全部亡び、畿內きないでは何等心配することもなくなつた。ただその他の地方では未開の者共ものどもが未だ皇室の命令にしたがはず、平定されてゐない。以前に任命した四どうの將軍たちよ。早速出發しゅっぱつして皇室の光輝こうきおおい發揚はつようせよ。

【備考】當時とうじ崇神すじん天皇は、神宮と皇居との分離を斷行だんこうせられた。この事について、保守的な考へをいだいてゐた人々のうちに、反對はんたいするものが相當そうとうにあつた。祭政さいせい―祭事はすなわち政治であり、政治はすなわち祭事であるとされた時代において、神宮と皇居とを別にするのは、正當せいとうでないといふ考へが根强く存在したからである。保守派が、崇神すじん天皇の改革に反對はんたいして、どよめいたのは、そのめであると見られよう。

 勿論、崇神すじん天皇は、英明えいめいであらせられたので、斷乎だんことして神宮・皇居の分離を決行され、天照大御神あまてらすおおみかみみたまを大和の笠縫邑かさぬいむらうつしまゐらせ、神鏡しんきょう神劍しんけんをそこに奉安ほうあんされた。けだ神人しんじん同居して、まん一、その威靈いれいけがすやうなことがあつてはならぬとおもんばかられたからである。この改革に反對はんたいしたものが地方にゐたので、それをも取鎭とりしずめるといふ事が、四どう將軍の任務の一つであつたらしい。一說には四どう將軍の巡國じゅんこくは一時的のものでなく、各地方を鎭撫ちんぶする重任じゅうにんをあてがひ、これを封建ほうけんしたのだと解するものもある。

 さて皇族中の元老大彥命おおひこのみことが進軍されたのは、北陸地方で、この方面には、相當そうとう力强い蠻族ばんぞく雜居ざっきょしてゐた。それらを征伐されたのである。吉備津彥きびつひこ西海さいかい征伐は吉備き び安藝あ きあたり迄、手を伸ばしたものと推察せられる。丹波たんばは今日の山陰のことで、丹波道主命たにわのみちぬしのみことは、同地方の豪族中、皇軍こうぐんに手向ふものを征伐し、かくして、四どう將軍の目的は、ぼ達せられたのである。武渟川別命たけぬなかわわけのみことの東海方面に於ける武威ぶ い發揚はつようも、無論、目ざましかつたことと思はれる。以上のやうな徑路けいろて、保守派の動搖どうようしずまり、朝廷の勢力は、多少、邊境へんきょうにも伸びた。それを機會きかい崇神すじん天皇が內政の整備につくされたことは、一般の知るところである。