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大日本詔勅謹解3 軍事外交篇 序言

序言

 日本は平和主義の國である。建國けんこく以來、常に平和を以て生命としてゐる。が、その平和は、支那し な流の屈辱的・姑息こそく的な平和ではない。威嚴いげんある平和だ。すなわち正義を護持ご じしてゆく力を備へたところの平和だ。かうした男性的平和を維持してゆくには武力が必要である。それ故、神代かみよから日本では、平和を尊重すると同時に、尙武しょうぶ精神せいしんをも大切にした。いひ換へると、武藝ぶげい・武術にひいでたものが多く、武人として立派な人物を出したのである。

 左樣そ うした空氣の中から、日本精神の重要素をすところの武士道が生れた。武士道の精神は、今日、その全部現代にあてはめてゆくことが出來ぬとしても、その忠義ちゅうぎの宗敎たる美點びてんは、いつ迄も、新しい意味で、現代に生かされねばならない。文武ぶんぶ不岐ふ ぎといひ、忠孝ちゅうこうといひ、犠牲・獻身けんしんとくといひ、何れも武士道を構成するところの要素として、重んぜられねばならない。

 現代日本の陸・海軍が、偉大な發達はったつしたについては、逸早いちはやく、歐米おうべいの科學的武器・科學的戰術を熱心にとりれたによるが、これが活用は、武士道精神によるところが多い。し日本において、武士道精神がなかつたら今日の陸海軍は、これほど目ざましい發展はってんをしなかつたらうと思ふ。武器・戰術は華實かじつであり、武士道精神は、正にその根幹だ。根幹がしつかりしてをらねば、どうして華實かじつの目ざましい發育はついくを見ることが出來ようか。

 かうした見易き眞實しんじつたいして、西洋流の見方、考へ方にとらはれたものは、武士道を以て、陳腐ちんぷ固陋ころうとし、被支配者・服從者の道德、封建制治下の道德だとし、その長所の多くを捨て去らうとするものがある。以てのほかのことだ。西洋では、日本の神道しんどうを以て、世界に稀有け うの大宗敎だとし、武士道を以て、高尙こうしょう・純正な精神を表示する偉大な道だとして尊信してゐるのに、日本人みずからこれを卑下ひ げするのは、時代錯誤の甚だしいものではないか。よろしく、武士道を新しく見直し、新しく吟味し、そこに日本傳統でんとうの美を認識して、道の上に破產せる西洋を指導すべきではないか。

 次ぎに日本の外交について考へて見ると、古代から大化革新前後に至る迄、日本は、外交上、輝かしい業蹟を史上にとどめてゐる。それは、自主外交を原則として、朝鮮を支配し、且つ指導したばかりでなく、國威こくいは遠く支那し な滿洲まんしゅう地方にも及んだのである。

 ところが、大化革新前後から、次第に內政に主力を注いだめ、外交上の不振をたした。爾來じらい、日本の外交は、北條時宗・豐臣秀吉・德川家康らによつて振興しんこうせられたこともあつたが、鎖國制度を執るに及んで外交上、長く不振の時代を繼續けいぞくした。この事が幕末・明治の外交にも、よき影響をあたへてをるとは思へない。大正・昭和時代も、滿洲まんしゅう問題が起る迄、歐米おうべい追隨ついずい外交に終始したのは最大の遺憾いかんである。

 が、今や自主外交の時代が來た。これが意義を正しく徹底し、その根本に培ふことは、今後、特に努力しなくてはならぬ重要事である。日本は、東洋全局の平和を支持し、且つ歐米おうべいに向つて、大義たいぎを布くの大使命を有するのであるから、自主外交の根本を打建て、正々堂々と邁進まいしんしなくてはならない。それには、古代に於ける外交が雄大・莊嚴そうごん建國本義ほんぎに起ち、あくまでも自主を旨としたあとについて、深く考へ、學ぶところがなければならぬ。非常時の今日、國際間の空氣が最も險惡けんあくを極めつつあるの時、軍事・外交について、歷代の聖天子が、國民に垂訓すいくんせられた御精神をはいしまゐらせることは、深い意義があると同時に、我等の緊張・努力を要することに想到そうとうせざるを得ない。

  昭和九年二月     高須芳次郞 謹識