66-6 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興ふっこうかんスル詔書しょうしょ(第六段)(大正十二年九月十二日)

【謹譯】在朝ざいちょう有司ゆうしちんこころこころトシ、すみやか災民さいみん救護きゅうご從事じゅうじシ、げん流言りゅうげん禁遏きんあつ民心みんしん安定あんていシ、一ぱん國民こくみんまた政府せいふ施設しせつたすケテ奉公ほうこう誠悃せいこんいたシ、もっ興國こうこくもといかたムヘシ。ちん前古ぜんこ無比む ひ天殃てんおう際會さいかいシテ、卹民じゅつみんこころいよいよせつニ、寢食しんしょくためやすカラス。なんじ臣民しんみんちんたいセヨ。

【字句謹解】◯迅ニ 一刻も早く ◯災民 災難にあつた者 ◯禁遏 禁止する ◯政府ノ施設 政府が特にこの際行つたこと ◯奉公ノ誠悃ヲ致シ 誠心まごころを以ておおやけのためにつくす ◯興國ノ基 國をふるひおこす基礎 ◯前古無比 今までに例のないこと ◯天殃 天變てんぺん地異ち い、大震災を指す ◯際會 出合ふ ◯卹民ノ心 國民をあはれむ心 ◯寢食爲ニ安カラス 國民のことが心配のあまり、睡眠や食事も安らかにとれない ◯體セヨ 心にとどめて實現じつげんせよ。

【大意謹述】現在、政府に勤務する諸役人よ。汝等なんじらちんの心をそのまま汝等の心とし、出來る限り早く避難民を助け、根據こんきょのない噂を嚴重げんじゅうに禁止して國民の心を安定させることに全力をつくすがよい。一般國民もまた同樣どうように、誠心まごころから社會しゃかい全體ぜんたい利益りえきを考へ、政府の行ふ事業を助け、國をふるひ起す基礎を固めるのが義務である。朕は今、過去に例のない程の大震災に出合ひ、國民をあはれむ心が胸に滿ちて、睡眠も食事も安らかにとれないでゐる。爾等なんじら朝野ちょうや臣民しんみんは、朕の旨を心にとどめ、最善の努力をして欲しい。

【備考】當時とうじ、この優渥ゆうあく御諚ごじょうはいした市民は、只管ひたすら恐懼きょうく・感激したのであつた。この際、勃然ぼつぜんとして起つたのは相互そうご扶助ふじょ精神せいしんだつた。一たい都會とかい生活は、はなやかであり、にぎはしいにかかわらず、隣近所の交際は、極少く、あつても、冷かなものだつた。少くも、震災以前までは、左樣そ うした狀態じょうたいつづけて來たのが多かつた。

 ところが、震災によつて、互ひに打撃だげきを受けると、おのづから雙方そうほうに同情し合ふ心持こころもちが起り、平生へいぜい障壁しょうへきなどを取り去つて、心と心とが、ぴたりとれ合ふとつたやうな情勢へ導いた。富めるものも、貧しいものもすつかり、飾りを取り去つて、赤裸々せきららになつて見ると、そこに一きくの人間味が湧いてくる。かうして、相互扶助のことが事實じじつの上に現はれ、人情にかっした大都だいとの人々は、久振ひさしぶりに人情の琴線きんせんれたとへる。

 社會しゃかいにいつ迄も、かうした考へが持續じぞくされてゆくとしたら、むづかしい問題は起らない。危險きけんな思想も、はびこらない。ところが、震災直下だけ、相互扶助的となつた人々は、のちに至つて、また利己的な心へかえつてしまつた。折角せっかく、震災から得た美德びとくも、かくして、こはれちとなつたのはしむべきである。