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66-3 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興ふっこうかんスル詔書しょうしょ(第三段)(大正十二年九月十二日)

【謹譯】ちんふかみずか戒心かいしんシテマサルモ、おもフニ天災てんさい地變ちへん人力じんりょくもっ豫防よぼうがたク、ただすみやか人事じんじつくシ、民心みんしん安定あんていスルノ一アルノミ。およ非常ひじょうときさいシテハ、非常ひじょう果斷かだんナカルヘカラス。平時へいじ條規じょうき膠柱こうちゅうシテ活用かつようスルコトヲさとラス、緩急かんきゅうよろしきしっシテ前後ぜんごあやまリ、あるい個人こじんもしくハ一會社かいしゃ利益りえき保障ほしょうためニ、多衆たしゅう災民さいみん安固あんこおびやかスカごとキアラハ、人心じんしん動搖どうようシテ抵止ていしスルところラス。ちんふかこれ憂惕ゆうてきシ、すで在朝ざいちょう有司ゆうしめい臨機りんき救濟きゅうさいみちこうセシメ、焦眉しょうびきゅうすくヒテ惠撫けいぶ慈養じようじつケムトほっス。

【字句謹解】◯戒心 心をひきしめて反省すること、天變てんぺん地異ち いは神がその意志を告げるために起すといふ日本傳來でんらいの古い信仰があり、多くの場合、政治上の缺陥けっかんがある際に起るものと信じられてゐたもので、そのてん天皇は御反省遊ばされたのである ◯人事ヲ盡シ 人間の出來る限りを行つて後は天命をつ意 ◯非常ノ秋 非常時、何か重大な事件が起つた場合 ◯非常ノ果斷 平常に見られない程の大決心 ◯條規 各種の規定 ◯膠柱 一拘泥こうでいしてへんおうずることを知らない意。ちゅう琴瑟きんひついとを支へるはしらこうはにかわで、琴柱ことじを動かさないやうににわかでつけて琴を引くのが原意げんい。『史記し き』の藺相如傳りんしょうじょでん及び『老子ろうし』にあるのが有名である ◯活用 物に變化へんかあらしめて各方面に出來るだけ多く使用すること ◯緩急其ノ宜ヲ失シテ 急ぐことと、ゆつくりしても間に合ふこととの適度さを失ふ ◯利益保障 利益りえきを支持する ◯多衆災民 多くの災難にあつた人々 ◯安固ヲ脅ス 生活及び精神せいしんの安全を不安にする ◯抵止スル所ヲ知ラス しずまる時はない ◯憂惕 心にうれへおそれること ◯在朝有司 政府の役人 ◯臨機救濟 この場に臨んでの適當てきとうな救ひの方法 ◯焦眉ノ急 眼前にせまつた急を要する事柄 ◯惠撫慈養 民に種々しゅじゅ恩愛おんあいほどこすこと。

【大意謹述】勿論、この世にまれ天變てんぺん地異ち いが起つたことに就いて、ちんは深く責任を感じ反省を怠らないが、いかに智力ちりょくが進んでも自然に起る一切の不祥事ふしょうじを前以て知り得ない以上、早く出來る限りの人力をつくし、罹災民りさいみんを始め一般國民の氣持を平穩へいおんにさせるのが第一要件だと考へる。がいして、國家に重大事件が起つた場合には、人々は平常とことなつた覺悟かくごを持たなければならない。この道理を知らず、常に何事もない時分に決定された規律を唯一無二の基準として、之にのみよりあらゆる變事へんじおうじて法を活用させることを考へず、急を要するものといなとの區別くべつを見誤り、前後を間違へたりしないやうにしたい。またる個人、る一個の會社かいしゃ利益りえき確實かくじつにするために多數たすうの避難民の生活・精神せいしんの兩方面の安定を破る不德漢ふとくかん輩出はいしゅつしたとすれば、人心は限りなく動搖どうようして、なかなかしずまるものでないから氣を付けなくてはならない。朕が心痛する重要事は全くここにある。このゆえに朕は政府の役人に命じ、時におうじた救ひの道を實行じっこうさせ、罹災民りさいみんその他の身にさしせまつた最も必要とする方面を助け、次第に各方面に及ぼして、救濟きゅうさいじつげようと思ふ。

【備考】地震について、臣民しんみん救濟きゅうさいつとむべく、勅語ちょくごたまわつた例は相當そうとうに史上に見えてゐる、嵯峨さ が天皇は、弘仁こうにん九年救濟きゅうさいについて、「今年こんねん租調そちょうを免じ、あわせて民夷みんいを論ぜず、正稅せいぜいを以て賑恤しんじゅつし、屋宇おくう助修じょしゅうし、飢露き ろまぬがれしめ、壓沒あつぼつは、速かに斂葬れんそうし、務めて實惠じっけいの旨をつくせ」と仰せられた。淳仁じゅんにん天皇時代に地震があつた時もまたほぼ御同樣ごどうようのことをおおいだされ、臣民しんみん愛撫あいぶせられた。次ぎに文德もんとく天皇の時、出羽國でわのくに强震きょうしんがあると、ただちに嘉祥かしょう三年十一月、勅語ちょくごたまわり、「の害をこうむる、もっとはなはだしく、自存じそんするあたはざるものは、使つかいと國と商量しょうりょうし、租調そちょう蠲免けんめんせよ。ならび民狄みんてきを問はず、倉廩そうりんを開き貸賑たいしんせよ、生業せいぎょうを助け、重ねてこんせしむるなかれ」と仰せられてゐる。かく歷代の天子は、地震に際して、十分、手厚き救助の方法をこうぜられた。大正天皇の仰せもまた、この歷代の御祖先の御精神ごせいしんもととせられ、すべての方面に、天恩てんおん加被かびせられたのである。

 かく至大しだい仁慈じんじよくした東京・横濱よこはまの市民は、燒土しょうどの上に再び起ち上つて、復興の一路へと急いだのである。自力更生!この叫びは、心ある人々の間に、おのづから起つたが、それにしても、大正天皇思召おぼしめしにより、山本內閣が、聖旨せいしを奉じて、機宜き ぎに適した處置しょちを執つたので、民心は割に早く安定した。あの地震最中、山本內閣が成立した時の有樣ありさまに想ひ及ぶと、深い感慨かんがいが、こみあげてくる。