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65-2 學制頒布五十周年ニ際シ下シ給ヘル勅語 大正天皇(第百二十三代)

大日本詔勅謹解2 道德敎育篇

學制がくせい頒布はんぷ五十周年しゅうねんさいくだたまヘル勅語ちょくご(第二段)(大正十一年十月三十日)

【謹譯】おもフニ敎育きょういくハ、心身しんしんやしなヒ、智德ちとくならびすすムヲたっとフ。國家こっか光輝こうき社會しゃかい品位ひんい政治せいじ經濟けいざい國防こうぼう產業さんぎょうとう發達はったつ、一トシテこうタサルナシ。皇考こうこうせいさだがくすすメタマヘルハこれためナリ。

【字句謹解】◯心身兼ネ養ヒ 精神せいしん身體しんたいとのいずれにも傾かず、兩方を合せて養ふ ◯尙フ 大切とする ◯光輝 名譽めいよの意 ◯社會ノ品位 社會しゃかいのねうち ◯經濟 人々が金錢きんせん勞力ろうりょくを用ひて、色々な物品を得たり費したりして、銘々めいめいの欲望を滿みたしてく各種の活動 ◯產業 自然にあるものに人間の力を加へ、人類に役立たせるやうにすること。ここでは農業・林業・牧畜業・鑛業こうぎょう・水產業その他各種の工業を指す ◯其ノ效ニ待タサルナシ それらの活動にたよらないものはない ◯皇考 先帝、ここでは明治天皇の事 ◯制ヲ定メ 出般ぜんしゅつ、明治五年の學制がくしゅつその他のこと ◯學ヲ勸メ 明治二十三年の敎育勅語その他を指す。

【大意謹述】ここでちんは、先帝が學制がくせい頒布はんぷされたことを始めとして、常に學問を奬勵しょうれいなされた意味を考へて見ようと思ふ。それは全く天下を統治する上に、敎育の重要性を認めたからだと申し上げるよりほかはない。敎育は精神せいしん肉體にくたいいずれの一方に傾いてもならず、又、知識・德行とっこういずれを輕視けいししても不可である。すなわ精神せいしん肉體にくたいを共に養ひ、知識と德行とっこうとが揃つて進歩するのこそ敎育の本質で、ここに大きい價値か ちがある。したがつて、國家の光を益々ますます輝かせるのにも、社會しゃかいを上品にするのにも、政治・經濟けいざい國防こくぼう・產業を發達はったつさせるのにも、敎育の必要くべからざる理由が判明しよう。先帝はこのてんに御注意あり、敎育の發展はってんを計る目的から、學制を定め、特に勅語ちょくごまでたまはつたのである。

【備考】大正天皇が、敎育上の方針について、特に一般學者たちにさとされた御言葉は、日本精神せいしんの本質はもとづかせられたものと拜察はいさつする。敎育といつても、各國、その傾向をことにし、印度いんど支那し なは、あまりに「心」と「德」とに重きを置き、西洋では、知識・體育たいいくかたより、いずれも、大中だいちゅう至正しせいでない。ところが、日本の敎育は、以上の如く一方にかたよらぬのである。

 心身しんしん兩面りょうめんすこやかな發達はったつ智德ちとくの上に於けるかたよらぬ進歩、この二つを主眼しゅがんとする。すなわち心の修養しゅうようと共に身體しんたいの修養につとめ、智育ちいく併行へいこうするに、德育とくいくを以てし、圓滿えんまん・調和・統一の美を發揮はっきする上に日本獨自どくじの敎育が成立する。このてんはひとり、大正時代に確守しなければならないのみならず、昭和の今日こんにちにおいてもまたげん實行じっこうされねばならぬものと考へる。