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63-4 戊申詔書 明治天皇(第百二十二代)

戊申詔書ぼしんしょうしょ(第四段)(明治四十一年十月十三日 官報

【謹譯】ちん方今ほうこん世局せいきょくしょシ、忠良ちゅうりょうナル臣民しんみん協翼きょうよく倚藉いしゃシテ、維新いしん皇猷こうゆう恢弘かいこうシ、祖宗そそう威德いとく對揚たいようセムコトヲ庶幾こいねがフ。なんじ臣民しんみんちんむねたいセヨ。

【字句謹解】◯世局 時局じきょくに同じ、世の中のありさま ◯協翼 力を合せて輔佐ほ さすること ◯倚藉 たよりて力とする、心だのみとする。しゃも共による義 ◯維新 明治維新のこと ◯皇猷ヲ恢弘シ 皇猷こうゆう至尊しそんおおいなるはかりごと。恢弘かいこうは大きくして、ひろめる意。すなわち明治初年に示された皇謨こうぼ(五箇條の御誓文)を朝野ちょうやこぞつて賛襄さんじょうし、ますます天業てんぎょうをひろめ、さかんにする事につとめる義。ほ五箇條かじょう御誓文ごせいもんの由來については〔註一〕參照、『社會しゃかい思想篇』をも參照の事 ◯威德 おごそかにして犯し難い德 ◯對揚 たいとうようけんすなわ祖宗そそうの旨をたいして、ますます威德いとく宣揚せんようするにつとむること。

〔註一〕御誓文の由來 五箇條かじょう御誓文ごせいもんについては、『社會しゃかい思想篇』で、その大精神だいせいしん謹述きんじゅつしてあるが、ここには、當時とうじ、この事にあずかつた福岡ふくおか孝弟こうてい直話じきわ(『明治憲政經濟史論』所收)をかかげる。勿論、全部をかかげると、大分だいぶ紙數しすうを占めるから、その要點ようてんを記述するにとどめたい。右の直話じきわには、御誓文ごせいもん發布はっぷの直接の動機について、語つてをり、それにおいて、「御誓文ごせいもん發布はっぷの直接の動機として、政府財政の窮乏きゅうぼうげる者もある。當時とうじ、朝廷にては、御內帑ごないど缺乏けつぼうし、勤王きんのう諸藩もすでに各自、の財政に苦しんでゐたので、朝廷に獻金けんきんする餘裕よゆうもなかつた。しかるに一方、征東都督せいとうととくからは、軍資金の督促とくそくが矢のやうに來てゐたさいであつた。それで民間の豪農ごうのう富商ふしょううながして、御用金ごようきん獻上けんじょうせしむるがめには、朝廷の大方針を確立し、彼等をして新政府を信用せしむる方策ほうさくでねばならなかつた。それがために國是こくぜの確定、新政の大方針を宣明せんめいするに至つたのであるとつてゐる。もとより財政上の必要が五箇條かじょう御誓文ごせいもん發布はっぷ將來しょうらいした一の動機であつたことは疑ないけれども、五箇條かじょう御誓文ごせいもん大精神だいせいしんは、決して一時を糊塗こ とするの方便ほうべんたるが如きにとどまらざるはもとよりげんたない所であつた。じつ大政たいせい維新いしん大精神だいせいしんのものを體現たいげんしたものにほかならぬのである」と述べてゐる。以上により、五箇條かじょう御誓文ごせいもん發布はっぷの動機が、一部の皮相者ひそうしゃ流の解釋かいしゃくと全くことなつてゐることを知るに十分である。

 それから、發布前はっぷぜん御誓文ごせいもんの內容について、公卿く げ諸侯しょこうが批判・討論するの御許可を得たとき、公卿く げ側の意見は、「大政たいせい維新いしん神武じんむむかしふくするのであつて、天子が日本政治の中心となり、萬機ばんき親裁しんさいあらせられる政治であらねばならない。したがつて天子が諸侯しょこう召集しょうしゅうし、諸侯とちかいを立てるといふ如きは支那し な覇道はどうであつて、決してわが王朝の國體こくたいでない。天子が諸侯にたいし、將來しょうらい、この五箇條かじょうの方針により、日本の政治を行ふことを御誓ひあらせらるる如きはだんじて不可だ」といふにあつた。これを主張したのは、中山なかやま大納言・岩倉いわくら具視ともみなどである。この間につてしきりにこれをなだめ、調和につとめたのは、三條さんじょう實美さねとみであつた。

 なお御誓文ごせいもんの內容が、決定する前にあたつて由利ゆ り公正きみまさが提出した草案そうあんを見ると、左の如くなつてゐる。

 一、庶民しょみんこころざしげ、人心じんしんをしてまざらしむるを欲す。

 一、士民しみんこころざしいつにし、さかん經綸けいりんを行ふを要す。

 一、知識を世界に求め、ひろ皇基こうき振起しんきすべし。

 一、貢士こうし期限を以て賢才けんさいゆずるべし。

 一、萬機ばんき公論こうろんに決し、ひそかに論ずるなかれ。

 以上を福岡ふくおか孝弟こうてい加筆かひつ修正したのは、左の如くなつてゐる。

 一、列侯れっこう會議かいぎおこし、萬機ばんき公論こうろんに決すべし。

 一、官武かんぶ庶民しょみんに至るまでおのおのそのこころざしげ、人心じんしんをしてまざらしむるを要す。

 一、上下しょうかこころいつにし、さかん經綸けいりんを行ふを要す。

 一、知識を世界に求め、おおい皇基こうき振起しんきすべし。

 一、徵士ちょうし期限を以て賢才けんさいゆずるべし。

 以上の草案そうあんにより、更に木戸き ど孝允たかすけの意見をも言上ごんじょうした結果、愼重しんちょう審議しんぎせられ、結局左の五箇條かじょうとなつたのである。

 一、ひろ會議かいぎを起し、萬機ばんき公論こうろんに決すべし。

 一、上下しょうかこころいつにしさかん經綸けいりんを行ふべし。

 一、官武かんぶ庶民しょみんに至るまでおのおのそのこころざしげ、人心じんしんをしてまざらしめんことを要す。

 一、舊來きゅうらい陋習ろうしゅうを破り、天地の公道こうどうもとづくべし。

 一、知識を世界に求め、おおい皇基こうき振起しんきすべし。

【大意謹述】ちん今日こんにちの多事・多難な時勢に善處ぜんしょするについて、特にわが忠良ちゅうりょう臣民しんみんの協力と、輔翼たすけとによつて、さきに明治維新のはじめに定めた皇謨こうぼを更に一層、さかんにしひろめ、實地じっちにこれをあらはしたいと考へる。同時に、それにより、祖先の御威光ごいこう發揚はつようして、その深い御恩德ごおんとくむくいまゐらせたいとねがふ。汝等なんじら臣民しんみんは、よく朕の意のあるところを理解して、常に剛健ごうけん質實しつじつの生活をすやう、心がけてほしい。

【備考】明治天皇におかせられては、日夜、明治初年に於ける五箇條かじょう御誓文ごせいもんを念頭に置かれた御樣子ごようすが、この勅語ちょくごによつて拜察はいさつされる。敎育きょういく勅語ちょくごと共に、國民が寸時すんじも忘れてならぬのは、この御誓文ごせいもんである。ところが、國民の一ぱんは、當時とうじ左樣そ うした大精神だいせいしんのあるところを忘れ、ある意味からすると、五箇條かじょう御誓文ごせいもんの趣旨にそむくやうな言動をすものが少くなかつた。

 それに、政治の局にあたつたものにおいても、言動げんどう上、御誓文ごせいもんを忘れたかの如きことをなすものが往々おうおうあつて、そこから、政治の頽廢たいはいを生じた。更に實業界じつぎょうかいの方面にも、やはり、御誓文ごせいもん精神せいしんに反するが如き行動をなすものがあつて、それらが矯激きょうげきな思想を促進するところの有力な動機となつてゐた。しん恐懼きょうくのほかがない。

 昭和しょうわ今日こんにちは、明治末年にくらべると、更に國難こくなんが大きくなつてゐる。思想國難・政治國難・經濟けいざい國難が、まだ一つも解決されずにゐる。この時、この際、戊申ぼしん詔書しょうしょ拜讀はいどくして、五箇條かじょう御誓文ごせいもんに想ひ到り、新たにその精神せいしんれて、身心しんしんを緊張し、興國こうこくの大理想に邁進まいしんしなくてはならない。