62-8 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつさいくだたまヘル詔勅しょうちょく(第八段)(明治三十八年十月十六日 官報

【謹譯】かちレテみずか戢抑しゅうよくスルヲラス、驕怠きょうたいねんしたがっしょうスルカごとキハ、ふかこれいましメサルヘカラス。なんじ有衆ゆうしゅうちんたいシ、ますますことすすメ、ますますぎょうはげミ、もっ國家こっか富强ふきょうもといかたクセムコトヲセヨ。

【字句謹解】◯勝ニ狃レテ 勝利につて心の緊張を失ふ ◯戢抑 萬事ばんじをひかへ目にする ◯驕怠 こころざしがおごり職務をおこたる。

【大意謹述】以上に反してし勝利にうて心の緊張を失ひ、萬事ばんじひかへ目にすることを知らず、益々ますます多事た じとなりゆく國家に就いて何の考へもなく、贅澤ぜいたくふけり、職務を怠けてゐたならば、國家の前途は寒心かんしんすべきものとならう。ゆえに深くこれをいましめなければならない。汝等なんじら國民は以上說明したちんの意のあるところをよく了解し、一層大きな目的に向つてこころざしを立て、各自はげまし合つて責任をつくし職務にせいし、富國ふこく强兵きょうへいの基礎を確實かくじつにするため、今迄より多くの力を致して欲しい。

【備考】この詔書しょうしょはいしたものは、ことごとく緊張したであらう。しかし戰後の好景氣と事業熱の勃興ぼっこうとは、實業じつぎょう界の人々をして、奢侈しゃし放漫ほうまんおちいらしめ、成金なりきん跋扈ばっことなり、投機熱の横溢おういつとなり、大小泡沫ほうまつ會社かいしゃ倒壞とうかいとなり、更に風俗も自然、華美か び輕浮けいふに流れたのは、じつ詔書ごしょうしょたいして、恐懼きょうくせねばならない。その結果、やがて戊申ぼしん詔書しょうしょ渙發かんぱつとなつたのである。