62-6 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちわ講和こうわ成立せいりつさいくだたまヘル詔勅しょうちょく(第六段)(明治三十八年十月十六日 官報

【謹譯】ちん平和へいわ光榮こうえいトヲあわテ、かみ祖宗そそう靈鑒れいかんたいシ、しももっ丕績ひせき後昆こうこんのこスヲルヲよろこヒ、なんじ有衆ゆうしゅうはまれともニシ、なが列國れっこく治平ちへいよろこびラムコトヲおもフ。いま露國ろこくまたすで舊盟きゅうめいつい帝國ていこく友邦ゆうほうタリ。すなわ善鄰ぜんりんよしみふくシテ、さらますます敦厚とんこうくわフルコトヲセサルヘカラス。

【字句謹解】◯靈鑒 現在そばにゐて守護する御靈みたま ◯丕績 大いなる功績 ◯後昆ニ貽ス 後世にかがやかす ◯譽ヲ偕ニシ 共に名譽めいよわかち合ふ ◯舊盟 交戰以前の親しいちかい ◯友邦 友誼ゆうぎ關係かんけいを結んだ國 ◯善鄰ノ誼 鄰國りんこくとしてのよしみ ◯敦厚ヲ加フル 厚き親しさを加へる。

【大意謹述】ちんはここに於て東洋の平和をまもると共に、帝國の名譽めいよを世界に輝すことが出來た。これにつてかみは我國を守護される御祖先ごそせん御靈みたまに向つてづることなく、しもは後世にたいして絕大ぜつだいな功績をのこるのを喜び、汝等なんじら全國民と明治の世の名譽めいよわかち合ひ、永久に世界各國と共に平和の喜びによくしたいと考へる。今やロシヤはもう敵國ではなく、開戰以前のふるちかいの通り、我が帝國と親しい關係かんけいにある國となつた。ゆえに國民も鄰國りんこくとして友情を元通りにふくし、今後一層親交の度を加へるやう所期しょきして欲しい。

【備考】優渥ゆうあくな御言葉により、ロシヤも必ず感激した事と拜察はいさつする。さて平和成立と共に、條約じょうやく實施じっしについての經過けいかここに述べて置きたい。講和條約じょうやく批准ひじゅんのち日露にちろ兩國りょうこくは互ひに授受じゅじゅ委員を任命し、明治三十九年五月、始めて南滿洲みなみまんしゅうに於ける鐵道てつどう受渡うけわたし著手ちゃくしゅした。それは八月一日に至つて一段落を告げたのである。

 これより先、日本政府は、勅令ちょくれいを以て南滿洲みなみまんしゅう鐵道會社てつどうかいしゃを設立せしめ、その資本金を二億えんとし、一億えんは政府の出資とし、一億えんは株式募集による事とした。當時とうじ、事業熱が勃興ぼっこうしてゐたので、株式募集におうずるもの多く、明治四十年四月、營業を開始した。次いで會社かいしゃ鐵道てつどう廣軌こうき改築に著手ちゃくしゅし、炭坑の採炭法さいたんほうを改善して、しきりに經營けいえいつとめたので、明治四十五年の上半期には、鐵道てつどう海運かいうん港灣こうわん鑛業こうぎょう瓦斯が す・電氣・旅館その他の收入しゅうにゅうがっし、一千六百萬圓まんえんに達したといはれる。そして明治四十年から四十四年後半期迄の投資額は一億一千五百萬圓まんえんに達したのであつた。かうして滿鐵まんてつのみは、相當そうとうの成績を得たけれども、においては、これといふ活動をしたものがなく、富源ふげん開發かいはつに力を注いだ庶民しょみん階級を見なかつたのは、物足りない。それは、明治天皇思召おぼしめし所以ゆえんでなかつたと思はれる。