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62-2 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつさいくだたまヘル詔勅しょうちょく(第二段)(明治三十八年十月十六日 官報

【謹譯】不幸ふこう客歳かくさい露國ろこく釁端きんたんひらクニいたル、またまこと國家こっか自衞じえい必要ひつようムヲサルニテタリ。開戰かいせん以來いらいちん陸海軍りくかいぐん將士しょうしハ、うち籌畫ちゅうかく防備ぼうびつとメ、そと進取しんしゅ攻出こうしゅつたたかいろうシ、萬難ばんなんおかシテ殊功しゅこうそうス。在廷ざいてい有司ゆうし帝國ていこく議會ぎかいト、またしょくつくシテ、もっちんことすすメ、軍國ぐんこく經營けいえい內外ないがい施設しせつ緩急かんきゅうあやまラス、億兆おくちょうけんつとメ、もっ國費こくひ負荷ふ かにんシ、もっ貲用しよう供給きょうきゅうゆたかニシ、擧國きょこく大業たいぎょう贊襄さんじょうシテ、帝國ていこく威武い ぶ光榮こうえいトヲ四ひょう發揚はつようシタリ。

【字句謹解】◯客歳 去年の意、明治三十七年のこと ◯釁端ヲ啓ク 不和を生じる、一戰を交へる意、日露にちろ宣戰せんせんみことのりは明治三十七年二月十日にくだつた ◯ じつ本當ほんとうに ◯自衞 正當せいとう防衞ぼうえい、理由なくて相手が危害を當方とうほうに加へようとする時、我が身を保つ必要から自己を保護する手段をとること ◯籌畫 各種の良策を練ること ◯戰ニ勞シ 惡戰あくせん苦鬪くとうする ◯殊功 特別な功勞こうろう ◯施設 各種の設備 ◯緩急ヲ愆ラス 急場に十分間に合はして不足をさせない、緩急かんきゅうはさしせまつた場合の意味で、かんに意味はない ◯億兆 一般國民のこと ◯負荷ニ任シ 責任を以て引受ける ◯貲用 財用のこと ◯擧國一致 國中こくちゅう全部の人が同一目的のもとに力をつくして働く ◯大業 ロシヤとの交戰こうせんを指す。東洋平和維持のめの大業たいぎょう日露にちろ戰爭せんそう如上にょじょう目的のもとに大稜威おおみいずの進展上、むを得ずさねばならぬと御精神ごせいしんによつた ◯贊襄 共にたすける意 ◯四表 四方の國々 ◯發揚 高くあげ知らせる。

【大意謹述】由來ゆらい、平和の間に國運こくうん發展はってんさせるのは、ちんの平素のこころざしである。それにもかかわらず、去年ロシヤと不和になり、戰場に於て優劣を決するに至つたのは、じつに我が國の正當せいとう防衞ぼうえい上、に手段がなかつたからにほかならない。好んで事を行つたのではないとしても、一度この場合に立ち至れば、武力につて敵をらし、その非を一刻も早くさとらせるのが正しい道ではあるまいか。兵火へいかを交へて以來、朕が手足しゅそくたのむ陸海軍の將卒しょうそつは、考へられる限りの良策を以て國防こくぼうの完成に懸命となり、國外に出征しゅっせいしてはあくまで進み、猛烈な攻擊こうげきを加へて土地を占領し、惡戰あくせん苦鬪くとうの結果、言語げんごぜっした艱難かんなんを何とも思はず、想像も出來ない程の大功たいこうを立てた。武臣ぶしん以外の諸官及び帝國議會ぎかいも、よく巨大な戰時費を承認し、各自の職務にはげみ朕の意をやすんじたので、今や軍備を始め百ぱんの設備はことごとく急場に間に合ひ、何一つ不足しないやうになつた。加ふるに銃後じゅうごにある忠良ちゅうりょう臣民しんみんは、儉約けんやくを守り產業に勤め、戰時稅をも快く納め、財用の流通をゆたかにすることにつとめた。かく我が國空前の國難こくなんあたつて、全國民が同じ目的のもとに立ち、心からこの戰爭せんそうを支持したので、我が帝國は世界に向つて日本の武勇を示し、光輝ある名譽めいよを得たのである。

【備考】勅語ちょくご拜讀はいどくするにつけて、思ひ出されるのは、かつて手にしたことがある一書『日本人の愛國心』:(英人ステツド著)である。その中に、日露にちろ戰爭せんそうたいする所感しょかんを述べ、「ロシヤにたいする戰爭せんそうは、日本人の愛國心の猛烈な數多あまた實例じつれいを示した。豫備よ び後備兵こうびへい召集しょうしゅうされた時、一にん身體しんたい異狀いじょうあるものがなかつた。彼等は勞働ろうどうを捨て、職業を捨て、彼等の家庭、近隣の賞賛しょうさんによつて、心をはげまされ、兵營へいえいに集合した。その國家にたいする犠牲心はほとんど普遍的ふへんてきつてよい。敎育の有無如何いかんかかわらず、日本國民のどの階級に於ても、國民的義務の觀念かんねんが强い。皇族もまた戰爭に從事じゅうじして、士卒しそつと困難を共にされるのである」と賞賛しょうさんした。

 以上の如き愛國心は、一たい何にもとづくか。ステツド氏は、(一)人種、(二)政治的統一、(三)愛國心の敎育、(四)武士道、(五)祖先崇拜すうはい、(六)宗敎的寬大かんだい、(七)自然の愛などをげてゐる。れはづ(一)について說明し、「日本の土地はかつて外國人のために侵略された足跡そくせきがない。過去すう百千年を通じて、外國のために、日本が壓倒あっとうされなかつたことは、じつに國民的感情の發達はったつを促す上にあずかつて力があつた。イギリスでは、アングロサクソン人の攻擊こうげきあり、ノルマン人の侵略あり、そのために、人種の混合を生じたが、日本のみ、左樣そ うした類似の例がない。日本人は、常に異民族の混合にるいせられず、彼等の血は純淸じゅんせいだから、それが彼等を刺戟しげきし、また彼等を自負せしめてゐる。それに日本は內部において分裂したことが一度もない。封建制ほうけんせいの間、戰爭せんそうは絕えなかつたが、まん外敵がいてきが現はれるとすると、國民のすべては、君主をめぐつて、一大城壁を作るに至る」と比較的に公平な見方をしてゐる。

 左樣そ うした日本人が、國民的矜持きょうじの前に、何故なにゆえ歐米おうべいの文明を採用したかとふことについてもまた、ステツド氏は妥當だとうにちかい解釋かいしゃくをした。「人あるいは問ふであらう。かかる國民主義的な人民が、どうして歐米おうべいの文明を採用したかと。が、日本人は、彼等の文明を全廢ぜんぱいして、歐米おうべい思想を輸入したのではない。またするものでもない。要するに、彼等はヨオロツパ思想のある部分を採用したに過ぎない。彼等は徹頭てっとう徹尾てつび、日本人たることを自覺じかくし、外人化することを好んではゐない。そして日本人の熱烈な國民主義は、彼等をして歐米おうべい列國れっこく對等たいとうの位置を占めんことに熱中せしめ、この方針のもとに邁進まいしんした」と。更にそのあとに附言ふげんして、「日本民族眞正しんせいな一個の國民で烏合うごうしゅうの結合したものでないから、わずかに四十年間に西洋諸國がすう百千年の日數にっすうて得たところの文明を獲得した。すなわち日本の臣民しんみんは、日本帝國のよって以て、成立するところの有機的な原素げんそである」とつた。

 次ぎに、ステツド氏は、日本の政治的統一に言及し「もとより日本國民の內部にも、いろいろの分子が生じ、たがい反目はんもくせしことは過去においても、現在においても、ないとはねる。が、一旦、緩急かんきゅうがあると、すぐに團結だんけつして、愛國心を發揚はつようする。そして國民の內部は、黨爭とうそう又は階級によつて、分裂することがなく、一旦、事があると、必ず擧國きょこくだ」と述べてゐる。

 以上の如く、日本國民の團結だんけつ鞏固きょうこであると同時に、平生へいぜい、受けるところの敎育が愛國の情熱を燃えあがらせるに十分であることをも、ステツド氏は指摘した。れは、それについて、左の如くつてゐる。

 日本國民の愛國的感情は、幼年時代から、各個人の上に開發かいはつされなければ、彼等の性格の緊要きんような一部分となるには至るまい。また一切の敎育系統が、これを以て眼目がんもくとしないと、右に說いて來たやうな、いちじるしい效果こうかおさめることが出來ないと思ふ。

 日本人の愛國心は、情熱となつて現はれてくる。何等なんら階級の區別くべつなく、一切の國民は、同じやうに、この情熱によつて刺戟しげきされるのだ。事實じじつ經驗けいけんちょうするに、公共的敎育の最もよい系統がない限り、どんな國民も、眞正しんせい發達はったつをしない。無智む ちを基礎として社會しゃかいを建設することは、沙上さじょう樓閣ろうかくにひとしい。敎育はじつに国民的義務である。これがために、日本人は、世界無類の公共的敎育の組織を作つた。

 彼等は體育たいいくを重んじてゐる。何となれば、日本人の體力たいりょくは、生存競爭きょうそう場裡じょうりに於て、必要な資力しりょくであるからだ。けだし生存競爭の有形的條件じょうけんは、今日こんにち益々ますます原始的に强健な體力たいりょくといふ上に重點じゅうてんを置かれんとするのである。日本では、二十歳以前のものは、喫煙を禁ぜられ、犯すものは所罰しょばつせられる。すなわち國民の健康を害するものをしりぞけようとする精神せいしん發露はつろにほかならない。

 公共敎育の精神せいしんは、京都において開かれた校長會議かいぎのプログラムにより、最も明瞭めいりょうに之を知ることが出來る。すなわち左の如く述べてゐる。

  敎育の目的は、社會しゃかい組織の基礎を作るにある。一面に於ては、國民のとみし、他面に於ては、外人にたい吾人がじんの勢力を伸ばすにある。しかして二千五百年の間、我等日本人中で發達はったつしたところの愛國の熱情は、自由に發現はつげんするの機會きかいを得た。云々うんぬん

一八九五年(明治二十八年)東京に開かれた校長會議かいぎの決議は左の如きものであつた。

  今や公立學校の生徒にたいして、おおいに愛國心を鼓舞こ ぶするの必要がある。日本人の敎育系統は、兒童じどうの性格の性格を發達はったつせしめ、善良なる國民となるの方法をさずくるを以て目的とする。身體しんたいすこやかにし、意志を鞏固きょうこにすることを要する。たん雜然ざつぜんたる知識を增加ぞうかするばかりではいけない。云々うんぬん

ステツド氏は、かく說明したのち、日本人がいずれも、國家我こっかがをとほして、個人我こじんが發現はつげんしようとし、一切が、國家を以て、一つの大きい表現をさうとしてゐることを以て、日本の誇るべき特徵とくちょうとした。れは、このてんについて、かう述べてゐる。

  全體ぜんたいより見ると、日本の國民的敎育は、國の進歩を目的とし、個人の進歩を以て目的としない。個人が敎育せらるるのは、國民としてであつて、一個人としてではない。日本の敎育は、すべてこの目的に向つて進みつつある。日本の敎育では、何らの宗敎を有しない。日本の敎育系統に於ける嚴密げんみつな道德敎育は、すこしも宗敎の干渉かんしょうを受けてをらぬ。勿論、日本人は、基督敎キリストきょうたるといなとを問はず、すべて宗敎の價値か ちは認めてゐる。けれども必ずしも敎育の上で宗敎を吹込まねばならぬと感じてをらない。(中略)ただし宗敎敎育が、道德敎育及び人間の性格を開發かいはつしてゆく上に有效ゆうこうなるべきことは、日本人もこれを認めてゐる。

 ステツド氏は、かく解釋かいしゃくしたのち、武士道及び祖先崇拜すうはい精神せいしんが、日本人の愛國心をつちかふに役立つたことをげ、それから自然にたいする愛が、日本人の特質を形造り、郷土愛を深めつ强めたことを言明げんめいしてゐる。このてんで、しステツド氏が、志賀し が矧川しんせんの『日本風景論』をんだならば、啓發けいはつされたところが多かつたであらう。

 ステツド氏の考へによると、「日本人の愛國心のかく盛んに發達はったつしたのは、傳說でんせつ又は書物によつてつたはつた信仰によるであらうが、の一面では、自然界の影響から來たものがあることをいなめない。氣候や地理上の現象が國民の性格の上に影響を及ぼすことは想像のほかにある。けれども世界各國のうちで、今日こんにちの文明に達した國として、日本人の如く、自然に接近して生活する國民はにない。また彼等の如く、自然界と交通するがために、多くの時間を費す國民もまたに見ない。日本人は、自然を愛し、自然美の感覺かんかくと愛情とを多量に持つてゐる。すう千百年の間、かく迄に自然・山水さんすいを愛したものが、そこから性格上に影響を受けぬとは、どうしても考へられぬ事だ。(中略)日本人と自然界との關係かんけいは、日本人を自然的ならしめ、また簡易ならしめた。日本に於て人工的なものは、ほとんどしょうせられない。そのてんで、西洋とことなつてゐる。日本人の技巧は單純たんじゅんだ。が、この單純たんじゅんこそかえつて力强いものとなる。要するに、日本人の特長の一つは自然を愛するにある。過去においては、自然すなわち日本といふべきであつたらう。だから、日本人の愛國精神せいしんを形造つた要素として、自然への愛をぐることは、至當しとうだと信ずる」とつた。

 以上は、日露にちろ戰爭せんそうの上に表示された日本國民の擧國きょこくについて、深く心を動かしたステツド氏の考察の一部を極めて簡略に紹介したのである。當時とうじの日本をいかにほかから見たかは、ステツド氏の意見が、く代表してゐると思ふ。ここ明治天皇擧國きょこく發現はつげん嘉賞かしょうせられたお言葉をはいして、かつんだステツド氏の日本かんを思ひ出したのである。