読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

62-1 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつさいくだたまヘル詔勅しょうちょく(第一段)(明治三十八年十月十六日 官報

【謹譯】ちん東洋とうよう治平ちへい維持い じシ、帝國ていこく安全あんぜん保障ほしょうスルヲもっ國交こっこう要義ようぎシ、夙夜しゅくやおこたラス、もっ皇猷こうゆう光顯こうけんスル所以ゆえんおもフ。

【字句謹解】◯保障 確實かくじつに保つ ◯夙夜 朝早くから夜おそくまで、一日中の意 ◯皇猷 帝王の道、皇室の御稜おんみいずのこと ◯光顯 世界にかがやかす。

【大意謹述】日露にちろの講和成立を國民につたへると共に、ちんの所感を一通り徹底させて置く。今更特に言及するまでもないが、朕は東洋全體ぜんたいの平和を保つと共に、我が帝國がそのかんに立つて何處ど こからも侵略されないのを國際間こくさいかん要義ようぎとし、日夜それに向つて努力をつづけ、皇道こうどうを世界に輝かさうと願つて來た。

【備考】イギリスの詩人、キツプリングは「西は西、東は東」と歌つた。その意は、西洋と東洋とは、文化の上において、到底、一致しないから、いつ迄も、その間にへだたりを取り去るわけにゆかぬといふのだ。事實じじつ、それは、しんかなしむべきことである。東西が精神的せいしんてきに快く結合し、世界一心となつたら、しん確實かくじつな平和をこの地上にもたらすことが出來よう。あるいは世界聯邦れんぽうのやうなものを作れと或人あるひとつたことも、必ずしも夢想むそうに終るまい。

 けれども現實げんじつにおいては、中々なかなか左樣そ う手輕てがるにはゆかぬ。矢張やはり、「西は西、東は東」だ。その融和ゆうわする機會きかいは容易に來ない。現に國際こくさい聯盟れんめいにおいても、左樣そ うした傾向を明かに看取かんしゅすることが出來るではないか。

 國際こくさい聯盟れんめいは、世界平和の保障だとふが、事實上じじつじょう、決して左樣そ うではない。それは、主としてヨオロツパの平和を眼目がんもくとして工作され、ヨオロツパ本位に行動するにすぎぬ。左樣そ うした聯盟れんめいが、東洋の事情に暗く、滿洲まんしゅう問題についても、認識不足におちいつたのは、あまりに當然とうぜんすぎる事と思ふ。

 かうなると、東洋諸國は別に一致・結束しなくてはならぬ。が、歐米おうべい壓力あつりょくのために踏みつぶされた東洋の諸國が相當そうとうにあるために、獨立どくりつの勢力をしんに維持するのは日本のほかに、支那し なぐらゐのもので、シヤムこれに次ぐといふ有樣ありさまだ。かうなると、東洋の面目めんもく體面たいめんは、主として日本が存在することによつて、維持されてゐるので、我利が り々々亡者もうじゃの多い支那は、このてん、少しも貢獻こうけんするところがなく、かえつてシヤムの方が、遙かに賴母たのもしい情態にあるのは心淋しい。ここに至ると、東洋の盟主めいしゅとしての日本の使命・責任はじつに大きくつ重い。

 今日こんにち、東洋の權威けんいが、保持されてゐるのは、一に日本が存在するためだ。したがつて、日本が、この事に全力を打つのは當然とうぜんである。し日本が挺身ていしんして、この任務にあたらないとしたら、歐米おうべいは、その本來の侵略的魔手をもつともつと伸ばしたにちがひない。ロシヤの如きは、多年たねん、南下を志したのだが、日本の存在のために、すつかりはばまれたといつていのである。それほど、日本は、東洋平和のことを、始終しじゅう念頭にかけて、一日も忘れず今日こんにちまで健鬪けんとうして來た。

 今日こんにち、大アジヤ主義の提唱を聞くのもまた日本が、その中心となつて、アジヤの自由と權威けんいとを擁護ようごするといふことにほかならぬ。西洋をして一つに結合せしめよ。アジヤは、又一つに結合して、これにあたるであらう。東洋の治平ちへい明治天皇が、かくおおせられたことは、わたくしらが一日も忘れ得ぬところである。