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59-6 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

大日本詔勅謹解2 道德敎育篇

戰勝後せんしょうご臣民しんみんくだたまヘル詔勅しょうちょく(第六段)(明治二十八年四月二十二日 官報

【謹譯】ちんもとヨリ今囘こんかい戰捷せんしょうリ、帝國ていこく光輝こうき闡發せんぱつシタルヲよろこフトともニ、大日本だいにほん帝國ていこく前程ぜんていちん卽位そくい以來いらい志業しぎょうひとしク、なおはなは悠遠ゆうえんナルヲル。ちんなんじ有衆ゆうしゅうともつとメテ驕泰きょうたいいまし謙抑けんよくむねトシ、ますます武備ぶ びおさメテけがスコトナク、ますます文敎ぶんきょうふるフテぶんなずムコトナク、上下しょうかおのおのそのことつと其業そのぎょうはげミ、もっ永遠えいえん富强ふきょう基礎き そサムコトヲのぞム。

【字句謹解】◯戰捷 戰勝せんしょうと同じ、たたかいに勝つこと ◯闡發 おおいにあらはす、せんはひらく意味 ◯前程 前途 ◯悠遠 はるかに遠いこと ◯驕泰 こころざしおごつて安逸あんいつむさぼること ◯謙抑 へり下つてうやうやしい ◯武ヲ黷スコトナク 日本特有の勇武ゆうぶけがさず、軍隊の名譽めいよきずつけぬ事 ◯文ニ泥ム ぶん一方に傾いて中庸ちゅうようを失ふ。

【大意謹述】ちん今囘こんかいの勝利につて二つのことを深く感じた。その一は我が日本帝國が勇武ゆうぶ名譽めいよを全世界におおいに輝かしたことで、これは朕も非常によろこばしい。同時に事は決してこれで終つたのでなく、我國の前途にはすこぶる大きな困難が横たはつてゐて、朕が平生へいぜい主張する平和主義の間に國運こくうん發展はってんを致すべく、いろいろの障害にふに相違そういないといふ事である。したがつて、朕は日本國民に絕大ぜつだい覺悟かくごをせよと申渡さなければならない。右の困難を切りぬけるには上下しょうかよく一致し、異身いしん同體どうたいとなつて努力するより他に手段はない。ゆえに朕は汝等なんじら臣民しんみんと協力し、出來る限り氣持を緊張させて生活を質素にし、萬事ばんじにへりくだつて欲をつつしみ、一層國防こくぼう嚴重げんじゅうにしてから侵略されることなく、敎化きょうか振興しんこうしてしかぶんに囚はれず中庸ちゅうようを守つてゆきたい。それらのためには身分の貴賤きせん地位の上下に關係かんけいなく共に同じ目的に力をつくし、各人かくじんの職務と責任とを申分なく行ひ、永久にわたつて富國ふこく强兵きょうへいの基礎を定めたいと考へる。

【備考】戰後に於ける國防こくぼう充實じゅうじつ敎化きょうか振興しんこう、この二つは、最も重要である。すなわまっとうし、ぶんまっとうし、それらがあいつて、ここに勝利に於ける有終ゆうしゅうすのである。在來、日本は極東きょくとうの一島國とうごくとして見られ、中には、日本を知らぬ多くの歐米人おうべいじんは、支那し な屬國ぞっこくの如く、思ひあやまつてゐたものさへもあつた。したがつて、日本は極東の一國ではあつたが、世界の舞臺ぶたい角逐かくちくする力がないものと思はれてゐた。

 けれども日淸にっしん戰爭せんそうの勝利により、日本は世界の列强れっきょうすべき力ある國として始めて認められたのである。歐米おうべいにおいて之を認める、認めぬといふのは、すえの問題で、日本それ自身が實力じつりょく充實じゅうじつした以上、他の批評・是非は、どうでもいとはへ、何彼なにかにつけて、損をしなくてはならない。が、今や世界の列强とすべき國力を示し、世界の舞臺ぶたいり出したからは、ただ在來通りではゆかない。以前にくらべて、一層、國防を充實じゅうじつし、敎化きょうか振興しんこうして、大國民たいこくみんたるの要素を如實にょじつに示すの要がある。明治天皇思召おぼしめしここにあつたのは、勅語ちょくごにおいて明瞭めいりょうに現はれてゐると拜察はいさつする。