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59-2 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんくだたまヘル詔勅しょうちょく(第二段)(明治二十八年四月二十二日 官報

【謹譯】不幸ふこう客歳かくさい淸國しんこく釁端きんたんひらキ、ちんムヲスシテこれ干戈かんかまじヘ、十閱月えつげつひさシキむすヒテクルあたハス。しかシテ在廷ざいてい臣僚しんりょうハ、陸海りくかい兩軍りょうぐんおよび議會ぎかい兩院りょういんともニ、みなちんむねたいシテちんことすすメ、うちニアリテハ參畫さんかく經營けいえいシ、貲用しようきゅう需供じゅきょうゆたカニシ防備ぼうびつとメ、そとニアリテハ櫛風しっぷう沐雨もくう祁寒きかん隆暑りゅうしょ暴露ばくろシ、百なんおか萬死ばんしかえりミス、旭旗きょっきところ風靡ふうびセサルナシ。

【字句謹解】◯客歳 去年の意。ここでは明治二十七年のこと ◯釁端ヲ啓キ すきを生ずる。ここでは戰端せんたんひらくこと。淸國しんこくたいする宣戰せんせんみことのりは二十七年八月二日にはっせられた ◯干戈ヲ交ヘ 武器をまじへる。開戰かいせんすること ◯十閱月 十ヶ月間 ◯在廷ノ臣僚 政府の諸臣 ◯兩院 衆議院及び貴族院、〔註一〕參照 ◯ 全部の意 ◯參畫 參謀さんぼう計畫けいかく ◯貲用 費用と同じ。財產ざいさんのこと ◯需供ヲ豐カニシ 物品の供給を十分にする。不足な物のないやうに間に合せること ◯櫛風沐雨 野外で艱難かんなんめる意、激しい風の吹いてゐる間に立つて突擊とつげきし、どしやぶりの雨の日にも心をゆるめないで戸外に起つ ◯祁寒隆暑 大寒だいかん土用どよう、非常に寒い時と暑い時節 ◯暴露 露天ろてんもと、野外に寝起ねおきする ◯百難ヲ冒シ あらゆる難事なんじたたかふ ◯萬死ヲ顧ミス まんに一も生命を助かる望みのない場合でも敢然かんぜんとして出かける ◯旭旗ノ指ス所 日本軍の至る場所はどこでも、旭旗きょっきは日の丸の旗、我が國旗こっきである ◯風靡 風に萬物ばんぶつなびくやうに日本軍の前には何人なんびと服從ふくじゅうする。

〔註一〕兩院議員 貴族院きぞくいん議員は皇族・華族かぞく勅任ちょくにんの三種に分れ、衆議院しゅうぎいん議員は任期四年で、庶民からの公選こうせんる。

【大意謹述】しかるにちんが平和のうちに國運こくうんの進歩を計らうとする希望もあだとなり、去年淸國しんこく支那、現在の中華民國)との間に各種のきちがひが生じため、支那し なの不法にたいし、正義を擁護ようごすべく、朕はむを得ずたたかいせんしたのである。爾來じらい十ヶ月、兩國りょうこく諸處しょしょ兵火へいかまじへ、のもつれを解くことが出來なかつた。

 このあいだ、政府の閣僚かくりょうらは、陸海軍・貴衆きしゅう兩院りょういんの者と一致し、朕が開戰かいせんするに至つた心事しんじを了解して職務にはげんだ。うちに於ては經營けいえいつくして萬全ばんぜんの策を練り、各方面の費用を支辨しべんし、物資供給に何不足ないやう注意を重ねて防備に遺漏いろうなきをした。更にそとに於て直接、敵にあたるものは、風雨にさらされ、寒暑かんしょに身を苦しめながら、言語にぜっした難儀なんぎうちち、萬死ばんしに一生を期する場合にもいさぎよく敵に向つて進み、我が兵の向ふ所、旭日旗きょくじつきのもとに畏服いふくしない敵とては一人もない有樣ありさまだつた。

【備考】外敵が生ずると、國內く一致し、あらゆる犠牲、あらゆる努力をおしまぬのは、由來ゆらい日本國民の特長である。日淸にっしん戰爭せんそうが起つた時代にあたり、歐米おうべいでは、むしろ日本の敗北せんことを憂ひ、眠れる老獅子―支那し なの勝利を豫期よ きしたものが多かつた。ところが、實際じっさいでは、彼等の豫期よ きを裏切つて、日本が戰勝せんしょう榮冠えいかんを得た。それは何によるか、日本國民をげて、一致結束、そとあたつたからである。內顧ないこの憂ひなきところ、軍隊の勇氣は百倍する。ここに日本の傳統美でんとうびそんするのである。