58 學習院ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

學習院がくしゅういん臨幸りんこうさいくだたまヘル勅語ちょくご(明治二十四年四月八日 官報

【謹譯】ちん華族かぞく敎育きょういく留念りゅうねんスルコトひさシ。さき院長いんちょうヨリ規模き ぼ上奏じょうそうス。ちんはなはこれよみシ、さら學制がくせい考定こうていセシム、またちんかなヘリ。よっとくみことのりスルニ實績じっせきクヘキヲもっテセリ。いまいんのぞミテしたシク肆業しぎょうルニ、すこぶ實踐じっせんしょキタルヲおぼユ。かくごとクニシテマスンハ、かなら入學にゅうがく子弟していヲシテ材德ざいとく成就じょうじゅシ、もっ貴族きぞくタルノ譽望よぼうそむクナカラシムルニラン。汝等なじらこれつとメヨ。

【字句謹解】◯留念 心をめる、注意する意 ◯考定 熟慮じゅくりょを重ねて決定する ◯愜ヘリ 滿足まんぞくする ◯實績 事實じじつ上の成績 ◯肆業 事業と同じ ◯息マスンハ 中途でおこたることがなければ ◯譽望 名譽めいよと人望 ◯ えん二字の合音ごうおん

〔注意〕明治天皇が學習院に臨幸りんこうましましてみことのりたまわつたのは、前に謹述きんじゅつした開校式以外に

(一)『學習院ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語(明治十四年五月十五日)/(二)『學習院ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語(明治十六年十一月二十一日)

がある。

【大意謹述】ちんは久しい間、華族かぞくの敎育に注意し、機會きかいあるごと群臣ぐんしんさとして來た。先日、院長から學校の使命・職制その他の報告があり、朕は趣旨しゅしが朕の考へと一致したので、更に諸制度を研究報告させた。今度もまた十分、朕を滿足まんぞくさせたので、特にみことのりして、この上は實際じっさいの成績をげるやう告諭こくゆした。

 今囘こんかい、親しく學習院にみゆきして諸般しょはんの事業を視察した結果、すべてが著々ちゃくちゃく實現じつげんされつつあるのを知つた。しこの精神せいしんを一貫して中途でおこたることなく今後幾年いくねんか努力をつづけたならば、きつと入學する子弟のとくを完成させ、才能を伸ばし貴族として何處ど こに出してもぢない程の名譽めいよと人望とをるやうにならう。汝等なんじらは一層勉勵べんれいして所期しょきの目的に進むべきである。

【備考】この時代の文相ぶんしょう芳川よしかわ顯正けんせいで、これを助けたのは井上いのうえこわしであつた。この二人は國家主義の立場にをつて、日本國體こくたい尊嚴そんげん自覺じかくし、この方針のもとに、敎育上にも、國家的精神せいしんを注入することにつとめた。したがつて學習院に於ける敎育方針も、日本精神を基本として在來のかたの上に改革を加へたことは、想察そうさつするにかたくない。

 學習院は、國家の上流を占める子弟を以て滿みたされてゐるから、必然、日本精神せいしんについて、正しい認識と自覺じかくとを要する。これなくして、如何い かに知識をひろ吸收きゅうしゅうしようとも、學問に熱中しようとも意義をさない。今、この勅語ちょくごはいして、以上の如き感想が浮んだままを記述する。