日本道德の本質と敎育(備考補遺)(五)誰か忠孝を古しと云ふか

(五)誰か忠孝を古しと云ふか

 更に忠孝ちゅうこう關聯かんれんして考へねばならぬことは、「報恩ほうおん」といふ思想である。これもまた東洋特有の考へであり、日本に於て一特色をす思想である。おんといふ字は、「めぐみ」「あはれみ」「いつくしみ」といふことを意味する。この恩には四つの種類がある。それは(一)天地の恩(二)國主こくしゅの恩(三)父母の恩(四)の恩などである。人間がこの世に生をけ、生を保つてゆくについては、天地の恩をこうむつてゐる。またその平和に安全に生活するについては國主の恩を受けてゐる。更に一人前になるだけ行程こうていについては、父母の恩が多い。師の恩はこれに次ぐとつてよい。以上の恩を銘記めいきして、必然、これにむくいるといふのが、日本人の思想である。したがつて、神道しんどうにおいては、うやうやしく、祖先をまつるといふことを以て、最も重要視してゐる。それは、もとに報い、始めにかえ所以ゆえんで、祖考そこう恩徳おんとくをいつ迄も忘れぬといふ考へにもとづいてゐる。日本の皇室におかせられては、神武じんむ天皇の時、靈畤まつりのにわ鳥見と み山中やまなかに設けて、祖先を祭られたことが出てゐるが、それ以來、歷代の天子は皆祖先をまつつて、大孝たいこうべられた。それは、祖先の恩徳を新たに心にめいじて、いつ迄も忘れぬと同時に、一方では、道義どうぎ肇國ちょうこく大精神だいせいしん・大使命を合せ忘れないで、遵守じゅんしゅすることを意味してゐる。そこに大孝たいこう精神せいしん宣揚せんようせられる。

 思ふに、恩のうちで、一番大きいのは、國主こくしゅの恩、次ぎは父母の恩だ。この恩を忘れず、恩に感謝し、恩に感激し、「まごころ」を以て、これにむくいるところに、「ちゅう」を生じ、「こう」を生ずる。これは、一つの理窟りくつではない。人情自然の發露はつろだといへる。西洋人の如くあまりに打算的になると、人情なるものがほろびて、すべてが殺風景になり、國主と臣民しんみん爭鬪そうとうし、父母とその子とは激爭げきそうする。ところが、日本では、萬事ばんじ、人情を基調し、人情を根本としてゆくために、そこから報恩ほうおん精神せいしんを生み出してくる。報恩の心が、自然に動くと、それが君主にたいするとき「忠」となり、父母にたいするとき「孝」となる。

 そこで忠孝ちゅうこうぽんといふことになるが、現在、事實じじつの上で、忠孝一本であるのは、日本人のみである。支那し な人は「こう」には、相當そうとうの熱意を持つが、「ちゅう」には存外ぞんがい、冷淡だ。更に西洋人は、絕對ぜったい個人主義者で、財產といふことになれば父と子とがたがい反目はんもくし、打算的に動く、のみならず、家族制度といふものも成立つてをらぬから、「孝」の思想は全くない。彼等に向つて、いかに口を酢つぱくして、孝を說かうとも、これを理解し得ない。西洋の生活が、兎角とかくさびしく、冷たくなり、それをわずかに物質上の享樂きょうらくでまぎらしてゐるのは、全く「孝」の思想に反逆する絕對個人主義たたりだ。

 それから西洋では、愛國とか、祖國愛とかいひ、忠誠ちゅうせいといふ言葉もあるが、本來、易世えきせい革命の國柄くにがらだから、「ちゅう」の思想は稀薄きはくである。その上、いろいろの人種が無理に一つになつてゐる國が少くないから人種的暗鬪あんとうも加はり、「忠」の純粹性じゅんすいせい發動はつどういちじるしく、妨げてゐる。加ふるに、その國家かんが、「個人の利益りえき本位に動く道具こそ、正しい國家だ」といふ風だから、ここにも「忠」の思想と一致せぬものがある。

 かう見てくると、忠孝ちゅうこうぽん精神せいしんが依然として根强く、また事實じじつの上に反映せられてゐるのは、ひろい世界の中でただ日本國あるのみだ。ところが、西洋かぶれしたものはかうした莊嚴しょうごん事實じじつに一こう氣付かず、「忠孝ちゅうこうなんて古い時代錯誤だ」などといふのは、全く盲目的な考へである。皮相ひそうぺんの見方である。忠孝がかれて以來、二千年以上つからとつて、すぐ古いとするのは誤りだ。それよりも、內容が、不滅のものか、一時的のものかを檢討けんとうしなくてはならぬ。し年代的に古いといへば、太陽はどうか、神武じんむ天皇の時代よりも早くから、輝いてゐて、しかもまた今日こんにちも、輝いてゐるではないか。誰が太陽を古いといつてしりぞけるものがあるか。太陽は、大故たいこにして大新たいしんだ。日々あらただ。丁度、忠孝は太陽のそれの如く、大古たいこ大新たいしん、日々あらたであり、不滅である。それは形式一ぺんのものでなく、保守・停滯ていたいのシンボルではない。

 見よ、かの靈峰れいほう、富士山を。この山は、人麿ひとまろ赤人あかひとの時代からある。その淸秀せいしゅう玲瓏れいろうの姿は、今日こんにちかわらぬ。しかも誰が富士山を古いとつてしりぞけたか。この山もまた日々にあらただ。二千餘年よねん今日こんにちも、新しい生彩せいさいに輝いてゐるではないか。忠孝ちゅうこうまた富士の靈峰れいほうの如く、今日こんにちも、その美に輝く本質を具有ぐゆうしてゐる。道德の根本、人倫じんりんの第一義はじつここにある。明治天皇が、これを以て「國體こくたい精華せいか」だとおおせられた所以ゆえんじつここにある。千眞理しんりは、大古たいこ大新たいしんだ。一時的に光つたり一時的に流行したりするものではない。どつしりとした重味おもみがある。

 それゆえに、明治天皇は、「これ古今ここんつうシテあやまラス、これ中外ちゅうがいほどこシテもとラス」と仰せられた。天皇忠孝ちゅうこうの次ぎに說かれたところの諸德―「夫婦ふうふあいシ、朋友ほうゆうあいしんシ、恭儉きょうけんおのレヲシ、博愛はくあいしゅうおよホシ」とあるのは、すべて、「まごころ」を基本とする。夫婦が「まごころ」を以て、あいたいするとき、そこに「」がある。朋友ほうゆうが「まごころ」を以て、あいたいするとき、そこに「しん」がある。恭儉きょうけんといひ、博愛はくあいといふ。これまた自己がへりくだるのは、「まごころ」の發動はつどうであり、ひろく人を愛するのも、「まごころ」の現はれである。すべてが、「まごころ」によつて動き、「まごころ」によつて生きてゆくところに、道德の有機的な、圓滿えんまんにちかい現象を見る。若し「まごころ」から離れると、それが形式一ぺんのものとなるのみならず、稍々や やもすると、僞善化ぎぜんかする。かくして、そのしんの生命力はしぼみ、潑剌はつらつたる生彩せいさいをなくしてしまふ。