日本道德の本質と敎育(備考補遺)(四)哲學上から見た忠孝一本の思想

(四)哲學上から見た忠孝一本の思想

 西洋流のモダン・ボオイは、「何だ、忠孝ちゅうこうなんて、黴臭かびくさくて仕樣しようがない、チヨンまげ思想の結晶ぢやないか、昭和の新時代にまさか忠孝でもあるまい」とふ。ここに大きい誤りがあり、偏見がある。一たい、偉大な不滅の眞理しんりは、猫の眼のやうに、ぐるぐるかわるものではない。カメレオンのやうに、七色を現はして、ただきをへるといつた性質のものぢやない。偉大な、不滅の眞理しんりは、大故たいこにして大新たいしんである。古いといふ上からすれば、忠孝の說は、もう二千年以上を經過けいかしてゐるから、いかにも古い。けれども、それが今日こんにちの道德の上に於ける最高原理たる生命をげんとして有してゐるてんから申すならば、一番新しい。日々に新しく、年々としどしに新しく、月々に新しい。かうした意味を知らないで、ただダン・ボオイ流に考へるのは皮相ひそうかんだ。それは、忠孝の本質を全く理解せず、また日本民族特徵とくちょうをもまるで知らぬもののふことである。

 ここ忠孝ちゅうこうぽんが、大故たいこ大新たいしんであるについて、言及した順序上、日本人の有する宇宙かんについて一げん說くべき必要がある。日本人には、特有の生命哲學があつて、それにより、宇宙を解釋かいしゃくしてゐる。西洋では、物質本位に宇宙を解釋かいしゃくし、一切は、物質から成立つと見るものが多い。したがつて、無神むしん無靈魂れいこんを主張して、人間の頭腦ずのうは、灰白色かいはくしょくの物質から成るのだと單純たんじゅんに片付けてしまふ。ここに彼等の誤りがある。

 ところが、支那し な印度いんどでは、何事も唯心的ゆいしんてきに考へ、宇宙に於ける主宰者を想定し、あるいは印度の如く、靈魂れいこん不滅ふめつを說くとつたやうな具合で、人間の一切は心から成るとふ風に解釋かいしゃくする。これも極端で、その考へ方が、あまりに主觀的しゅかんてきとなつてゐる。兎角とかく、西洋や支那・印度の考へ方は、一方にかたよりやすくていけない。すばらしい長所もあるけれども、中正ちゅうせいの旨に遠ざかつてゐる。

 ひとり、日本は左樣そ うでない。日本人の哲學によると、大宇宙も、人間も、一つの大きい生命力でつらぬかれてゐる。この宇宙は物質と精神せいしんを統一してゆく根本―生命力によつて、支持せられる。この人間も物質と精神せいしんとを統制してゆく生命力によつて、その存在を保つ。宇宙のあらゆる作用、人間のあらゆる云爲うんいは、一つに右の如き大生命力により、統制せられる。宇宙・人間のやまざる活動も、目ざましい働きも、生命力の表現にほかならぬ。ここになると、宇宙は人間を大きくしたものであり、人間は宇宙を摸寫もしゃ縮小しゅくしょうしたものである。かうした生命力を根本として、一切が調和を保ち、一切が秩序を保つ。かく考へると、西洋流の物質本位の宇宙かんや人間かんは、一方にかたよりすぎ、またあまりに機械的にはれてゐる。同時に支那・印度流の考へもまたあまりに主觀しゅかんはれ、精神せいしんといふものに重きを置きすぎる。

 すでに述べた如く、日本人の生命哲學の立場からすると、宇宙の根本は、不滅の絕大ぜつだいな生命力で、その生命力の有する本質は、「まごころ」にほかならない。四時しいじの移りかわり、萬物ばんぶつ成育天體てんたいの秩序、皆それらは、大生命力の支持により、公明であり中正であり自彊じきょうやまない。しか所以ゆえんは、「まごころ」が、その中核をしてゐるからだ。至誠しせいといひ、誠實せいじつといひ、「みずかあざむかず」といひ、「かえりみてひさしからず」といふ。皆「まごころ」にほかならない。

 すで絕大ぜつだいな宇宙の生命力の中核が、「まごころ」だとすれば、宇宙の縮寫しゅくしゃたる人間の中核もまた當然とうぜん、「まごころ」であらねばならぬ。人間の倫理・道德なるものは、當然とうぜん、これを支持する生命力の中核「まごころ」を基本とせざるを得ない。「まごころ」こそ、生命力の主體しゅたいであり、根源である。

 ここに至つて考へると、忠孝ちゅうこうは、「まごころ」が人間行爲こういの上に現はれた第一義的な存在である。今、臣民しんみんが君主にたいして、「まごころ」を捧げるとき、そこに「ちゅう」が成立つ。子が兩親ふたおやに向つて、「まごころ」を現はすとき、そこに「こう」が成立つ。それは小さく、狭く、形式一ぺんはれたものではなく、偉大な發動はつどうである。國學者・漢學者らの中には、ことさらに、忠孝を窮屈解釋かいしゃくし、また現代にあてはまらない實例じつれい無暗むやみに引用する。左樣そ うしたことは、かえって忠孝なるものを小さく、狭苦せまくるしくしてしまふ。

 これを平たくいふならば、學者が危險きけんおかして、一つの大きい發見はっけんすのも、ちゅうでありこうである。一人の驛夫えきふが、一身を犠牲として、多數たすう乘客じょうきゃく危險きけんを救つたのも、忠であり孝である。一會社員かいしゃいんが、自分の勤めてゐる會社かいしゃのために晝夜ちゅうや努力し、その破產におちいるのを防いだとすれば、これ又忠であり孝である。あるいは人口增加ぞうかを憂へて海外に伸び、極南きょくなん極北きょくほくの地に日本人の新故郷を築きあげたものがあつたとすれば、それも忠であり孝である。何も忠は楠公だいなんこうの如くすることに限られてゐない。孝は楠公しょうなんこうの如くすることとのみ限られてゐない。また赤穗あこう四十七のすることのみが忠だといふわけのものではない。このてんは、濶大かつだいな考へを以て忠にたいし、孝にたいせねばならぬ。それは時代により、その表現が、おのづから、かわつてくるといふことに氣付かねばならぬ。

 支那し な孝子こうしの話のうちに、寒中かんちゅう、親のためにたけのこを掘出したといふ傳說でんせつがある。おそらく、それは、支那流の法螺ほ らとも思はれるが。よし、それを事實じじつとしたところで、今日こんにちわざわざ寒い目をして、雪中せっちゅうを掘出さなくとも、溫室おんしつに保存も出來るし、罐詰かんづめもある。孝がとうといからとつて、今更を雪中に堀出す必要はない。やはり、時代によつて、孝を活かしてゆく上にも、おのづから、時代に相應そうおうしたかたがあるのに氣付かねばならぬ。

 要するに、「まごころ」を內容とする忠孝ちゅうこうは、決して、時代により、本質をことにするものではない。本質は一定不變ふへんで、日々新たである。ただ時代によつて、それを行爲こういの上に、言說げんせつの上に現はす場合に、時代にふさはしいかたがある迄だ。ところが、固陋ころうな敎育家になると、この事を知らずに、「ちゅう」といへば、赤穗あこう四十七楠公なんこう父子ふ しのみをかつぎ出し、「こう」といへば、たけのこりの孝子こうしのみを高調こうちょうするといふ風で、時代の傾向をまるで考へない。忠孝を狭い一室に監禁してしまふ。かうなると、それにたいして、反感をいだくものを生ずる。それは、忠孝そのものに變化へんかはないがこれを解釋かいしゃくするものの迂愚う ぐわざわいするのだ。宇宙の根本生命力にみなもとを有する忠孝は、決して時代の推移によつて價値か ちを左右したり、上下されたりするものではない。