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56 高等師範學校ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

高等こうとう師範しはん學校がっこう臨幸りんこうさいくだたまヘル勅語ちょくご(明治十九年五月十八日 官報

【謹譯】本日ほんじつしたシク此校このこうのぞミ、敎務きょうむ改良かいりょう諸事しょじ整理せいりしょクヲルハ、ちんはなはミスルところナリ。敎官きょうかん勉勵べんれいリ、將來しょうらいますます進歩しんぽスルところアランコトヲのぞム。

【字句謹解】◯高等師範學校 敎師を養成する學校で、明治十九年の「師範しはん學校令」の結果、師範學校は尋常じんじょうと高等とに分かれ、東京師範學校は東京高等師範學校となり、女子部が獨立どくりつして東京女子高等師範學校となつた。當時とうじの文部大臣はもり有禮ありのりである ◯緒ニ就ク 目に見えて效果こうかをあらはし始める ◯勉勵 職務に務めはげむ。

【大意謹述】本日親しく高等師範しはん學校に臨んで、敎育事務の改良及び諸般の整理が著々ちゃくちゃく進んでくのを見るのは、ちんが非常に滿足まんぞくとする所である。今後、敎員一同の熱心により、優良な敎師を出し、學問の進歩につくし、國家に一層役立たんことを望む。

【備考】當時とうじ明治天皇が敎育に大御心おおみこころを注がせ給ふ聖旨せいしに感激し、敎育上、諸般の改革を行ふことに努力したのは、もり有禮ありのりであつた。有禮ありのりは、歐化おうか主義の結晶の如く思はれたが、それは前半生にぞくし、後半生は思想が一ぺんして、國家主義の精神せいしんに起つやうになつた。れが文相ぶんしょうとして、師範しはん敎育の確立につとめたのは、この時代の事である。

 もり有禮ありのりは、重きを師範しはん學校の上に置き、高等師範學校の地位を帝國大學の次ぎとし、の直轄專門學校の主位に置いた。それと共に、高等師範の卒業生は、尋常じんじょう師範學校長及び敎員になれることとし、いろいろ優遇の方法をも講じた。當時とうじ、師範敎育の眼目がんもく訓育くんいくの上にあつて、從順じゅうじゅん・友情・威儀い ぎの三とくを養成することを以てした。それは、いくらか新代の傾向をも參酌さんしゃくした結果であらうと思ふ。