読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

50 故武內宿禰追賞ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

武內宿禰たけのうちすくね追賞ついしょう勅語ちょくご(明治十年二月十七日)

【謹譯】なんじ歷朝れきちょう奉仕ほうしシ、萬機ばんき輔翼ほよくス。ちんふかこれ追感ついかんス。いま大和やまとこうスルニリ、使つかいつかわなんじおくつきちょうシ、かつ金幣きんぺいたまフ。せんス。

【字句謹解】◯武內宿禰 我が上代じょうだいに於ける功臣こうしんで、最初の大臣となつた人。〔註一〕參照 ◯歷朝ニ奉仕シ 景行けいこう成務せいむ仲哀ちゅうあい應神おうじん仁德にんとくの五ちょうに仕へた ◯萬機 帝王の政務 ◯輔翼 輔佐ほ さする。

〔註一〕宿禰の功勞 武內宿禰たけのうちすくねこう簡單かんたんに書けば次の各種となる。(一)景行けいこう天皇二十五年に勅命ちょくめいを奉じて東北地方の形勢を巡察じゅんさつし、二十七年に之を報告した。(二)成務せいむ天皇御代み よに我國最初の大臣となる。(三)神功じんごう皇后こうごうと共に三かん征伐せいばつ從事じゅうじした。(四)麛坂かごさか及び忍熊おしくまの二皇子をちゅうして應神おうじん天皇を立てた。(五)同七年韓人かんじんとくして韓人池からひとのいけを掘る。(六)九年、みことのりを奉じて筑紫つくし監察かんさつする。この時弟の甘美內うましうち宿禰すくねざんせられたが、探湯くがたち(當時、罪の有無を決した方法)の結果、罪が晴れた事などで、又古今ここん稀有け う長壽者ちょうじゅしゃであつたと傳說でんせつもある。

【大意謹述】なんじ武內宿禰たけのうちすくね、五ちょう天皇に奉仕し、政治上朝廷を助けたこうがあつた。ちんは現在、汝の功勞こうろうを深くとして感謝する。今囘こんかい大和地方に行幸ぎょうこうするに際し、使者を汝の墓に遣してれいを慰め、金幣きんぺいを授ける。以上を汝の靈魂れいこんに告げる。

【備考】宿禰すくねは、史上、最初の大臣であつて、すこぶる重要な地位に起ち、歷朝れきちょうに奉仕して、大臣たるものの模範を示した。手腕も相當そうとうにあり、善謀家ぜんぼうかで、しか篤實とくじつそのものの如き美點びてんがある。容易に得難い名臣めいしんだつた。