44-3 華族ヲ召シ給ヒテ留學及海外周遊ヲ奬勵スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

華族かぞくたまヒテ留學りゅうがくおよび海外かいがい周遊しゅうゆう奬勵しょうれいスルノ勅語ちょくご(第三段)(明治四年十月二十二日 太政官日誌)

【謹譯】勤勉きんべんちからいたスハ、ひらさいみがクヨリほかナルハナシ。ひらさいみがクハ、まなこ宇內うだい開化かいか形勢けいせいケ、有用ゆうようぎょうおさメ、あるい外國がいこく留學りゅうがくシ、實地じっちがくこうスルヨリようナルハナシ。しかシテ年壯ねんそう留學りゅうがくがたキモノモ、一タヒ海外かいがい周遊しゅうゆう聞見ぶんけんひろムル、またもっ智識ちしき增益ぞうえきスルニラン。

【字句謹解】◯形勢 樣子ようすけいは地の形、せいは人のいきおいのこと ◯有用ノ業 皇威こうい擴張かくちょうに役立つ種々しゅじゅぎょう ◯實地ノ學 直接の經驗けいけんによる學問がくもん實際じっさいに役立つもの ◯年壯ヲ過キ そうは三四十歳の年齡の人、したがつてここでは壯年期そうねんきを過した人のこと ◯周遊 見學のために外國を漫遊まんゆうすること ◯聞見ヲ廣ムル 眼や耳からの直接又は間接の經驗けいけんひろくする。

【大意謹述】眞面目ま じ め、熱心に仕事に全力をつくすといつても、その根本となる知識をひろめ才能をだいにするには、いたずらに時勢じせいに合しない過去の事物を研究するよりも、ひろく世界文明の進歩の度合に著眼ちゃくがんして、國威こくい擴張かくちょうするのに役立つ各種の專門知識を養ふか、又は直接外國に留學して、學問の發達はったつした土地に臨み、實地じっちに役立つ學問の研究をするか、いずれか一方を選ぶより正しいものはない。日本の現狀げんじょうからすれば、歐米おうべい留學こそ、我が文化を進歩させる上に最も必要だと考へる。ちんはここに於いて華族かぞく中の靑年せいねんたちに、進んで留學生となり、國家有爲ゆういの人物となるやう切望する。なかに留學すべく、あまりに年を重ね過ぎた者もゐよう。この人々にたいして朕は海外漫遊まんゆう奬勵しょうれいする。直接系統立てて學ばなくとも、一度でも異國の風俗に接すれば、見聞けんぶんひろまり、それだけでも過去に夢想もしなかつた新しい知識をすに相違そういない。

【備考】昭和の今日こんにちは、日本が西洋文明のすべてを吸收しつくしたので、洋行無用論を唱へるものが少くない。けれどもこの勅語ちょくご華族かぞくたちにたまわつた時代は、まだ西洋文明に接したばかりで、西洋から輸入し、採擇さいたくしなければならぬ物質文明乃至ないし、化學その他が多くあつた。したがつてこれを敏活びんかつに採り入れるについては、社會しゃかいの上流にゐる華族らが、率先すべき必要がおおいに存在したのである。

 明治天皇が留學に適せぬ年齡に達してゐるものも、海外におもむいて、新知識を吸收せよと仰せられたのは、矢張やはり如上にょじょう趨勢すうせいや必要によるのであつた。