41 故大石良雄等を追賞するの勅語 明治天皇(第百二十二代)

大石おおいし良雄よしたか追賞ついしょうするの勅語ちょくご明治元年十一月五日 法令全書)

汝良雄等固執主從之義、復仇死於法。百世之下、使人感奮興起。朕深嘉賞焉。今幸東京、因遣使權辨事藤原獻、弔汝等之墓、且賜金幣。宣。

【謹譯】なんじ良雄よしたかかた主從しゅじゅうり、あだふくしてほうす。百せいしもひとをして感奮かんぷん興起こうきせしむ。ちんふか嘉賞かしょうす。いま東京とうきょうこうし、よっ權辨事ごんのべんじ藤原ふじはらすすむ遣使つかわし、汝等なんじらはかとむらひ、金幣きんぺいたまふ。せんす。

【字句謹解】◯感奮興起 その行動に感化され、勇氣をふるひおこす ◯嘉賞 よろこんでほめる ◯今東京に幸し 明治元年十一月御東幸ごとうこうせつ鳳輦ほうれんが品川をすぎさせられる際、勅使ちょくし泉岳寺せんがくじたまはつたのである。

【大意謹述】大石おおいし良雄よしたか以下四十七人は、一度結ばれた君臣くんしんの義理を固く保ち、しゅあだを復して當時とうじの法にしたがいさぎよ切腹した。じつに武士の模範で、多くの年を今日こんにちまでどれ程深く人を感化し、奮發ふんぱつさせたか測り知れないものがある。ちんは平常から汝等なんじらの忠義に厚い行動を深く感心してゐたが、今囘こんかい東京にこうするにあたり、汝等の墓をうて地下のれいなぐさめ、金幣きんぺいを授けるため、權辨事ごんのべんじ藤原ふじはらすすむ勅使ちょくしとして派遣する。以上はその旨意し いしょである。

【備考】赤穗あこう義士ぎ し精神せいしんは、千ざい不滅ふめつである。彼等は、忠義そのものを目的として、一切の名利みょうりを頭に置かなかつた。そこに純粹じゅんすいな尊いものがある。だから、その芳名ほうめいは世界的にひろがつた。こと明治天皇が、嘉賞かしょうあらせられたことは、彼等に取つて、最上・最大の光榮こうえいである。地下の彼等が、それを知つたら、一同、感泣かんきゅうして聖恩せいおんの深きを永久に銘記めいきするであらう。