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27 老を養ふの詔 桓武天皇(第五十代)

おいやしなふのみことのり(延曆六年三月 續日本紀

養老之義、著自前修。歷代皇王率由斯道。方今時屬東作、人南赴畝。廼睠生民情深矜恤。其左右京五畿內七道諸國、百歳已上各賜榖二斛、九十已上一斛、八十已上五斗、鰥寡孤獨及癈疾之徒者、量其老幼、三斗已下一斗已上。仍令本國長官親至郷邑存情賑贍。

【謹譯】おいやしなふのは、前修ぜんしゅうよりあらはれ、歷代れきだい皇王こうおうおおむみちれり。方今ほうこんとき東作とうさくぞくし、ひと南畝なんぽおもむく。すなわ生民せいみんかえりみこころぶか矜恤きょうじゅつす。左右京さゆうきょう畿內きないどう諸國しょこく、百さい已上いじょうには、かっこくこくたまひ、九十已上いじょうには一こく、八十已上いじょうには五鰥寡かんか孤獨こどくおよ癈疾はいしつは、老幼ろうようはかつて、三已下い か、一已上いじょうつて本國ほんこく長官ちょうかんをしてみずか郷邑きょうゆういたり、じょうそんして賑贍しんせんせしめよ。

【字句謹解】◯老を養ふ 老人にたいして特別の恩惠おんけいをたれる。このみことのりは、延曆えんりゃく六年三月二十日に下したまはつた ◯前修 前代の意 ◯皇王 ここでは代々の天皇を指したてまつる ◯斯の道 おいを養ふ道のこと ◯方今 まさに、現在の世の動きを注意するとの意 ◯時は東作に屬し 東作とうさくは春の耕作のことで、人々が平和に農業にいそしむ意、『書經しょきょう』の堯典ぎょうてんにこの語が見える ◯人は南畝に赴く 世の中が太平で人々はうちつれ立つて南向きのあたりのよい畑に耕しに出ること。この語は『詩經しきょう』の豳風ひんぷうに見える ◯生民 農夫のこと ◯矜恤 あはれみの心を深くする ◯左右京 京師けいしの左右 ◯五畿 畿內きない皇都こうと周圍しゅうい五百(支那里)以內の場所、大和・山城・河内・和泉・攝津せっつの五ヶ國を指す ◯七道 京師けいしを中心として諸國に至る幹道かんどう東海道東山道とうさんどう北陸道山陰道山陽道南海道西海道さいかいどうのこと ◯二斛 二こくと同じ ◯鰥寡孤獨 生活のたよりを失つた人々、かんは年老いて妻を失つた男、は年老いて夫を失つた妻、は年が幼くて兩親りょうしんを失つた人、どくは身よりが少しもない人の意 ◯癈疾 病氣で身體しんたいの自由を失つたり、一人前に働き得ない人々 ◯本國の長官 その國々の國司こくしを指す ◯情を存して 十分に情をかける ◯賑贍 救濟きゅうさいすること。

【大意謹述】老人に向つて特別の恩惠おんけいあたへることは、人倫じんりん上最も必要とされてゐるので、その理由を過去の多くの事實じじつからこれを知る事が出來るし、我が代々の天皇ほとんど全部が老人をいたはられた。ちんが今、世の有樣ありさまるのに、前代にその比を見ないほど天下は太平で、春の耕作時となつた今、續々ぞくぞくたのしさうに一家をひきつれて南向みなみむきの日あたりのよい田畠たはたに出かける農夫の姿が見へる。かうした時にあたつて、より以上に農民にあはれみ、その生活をらくにするのは、天下の統治者である自分の責任であると考へる。

 朕は以上の趣旨から當局とうきょくの者に命令する、左京・右京・五・七どうに在る諸國中で、百歳以上の者には一にんにつき二こくこくを授け、九十歳以上には一石、八十歳以上には五を、生活に就いて手賴た よりになる者を失つたもの、例へば老境ろうきょうつて配偶者を失つたり、幼少時代に父母、身寄りのものと死別したり、病身で働くことが出來なくなつたりした者には、年齡におうじて三斗以下、一斗以上を授けることを規定とする。現在各地方の國司こくしに任ぜられながら京師けいしに居る者も少くはないが、今囘こんかいその人々を全部任地にんちに至らしめ、親しく情をかけて、その者共ものども救濟きゅうさい從事じゅうじさせる事としたい。

【備考】敬老、尚齒しょうし精神せいしんは、東洋獨自どくじのもので、日本、支那し ななどにおいて古來行はれつつある。この思想は少くとも江戸末期迄は、大衆的に普及してゐた。したがつて西洋の如く、特に養老院ようろういんを設ける必要も少かつた。

 老人は經驗けいけんに富み、思慮に熟し、過去に長く働いた功勞こうろうを有する。けれども老境ろうきょうつて、餘裕よゆうのないプロレタリア階級に於ては、往々おうおう、物質的にくるしむものが多い。また老親ろうしんを有する農民の家で農繁期のうはんきには、その世話をやくだけ餘裕よゆうなきものも多い。陛下が、それらの事情を察せられ、老人をあわれ詔勅しょうちょくはっせられたことは、一般の貧しい農民に至大しだいの感激をあたへられた事と拜察はいさつする。