25 諸國史生の任限を四歳とするの勅 淳仁天皇(第四十七代)

諸國しょこく史生しせい任限にんげんを四さいとするのみことのり天平寶字二年十月 續日本紀

諸國史生、遷易依格待滿六年者。望人旣多、任所良少。由此、或有至於白頭不得一任、空歸故郷、潜抱怨歎。自今以後宜以四歳爲限、遍及群人。

【謹譯】諸國しょこく史生しせいは、うつかわること、きゃくよって、六ねん滿つることをつなり。望人ぼうじんすでおおく、にんずるところまことすくなし。これつてあるい白頭はくとういたるまで一たびもにんぜらるるをず、むなしく故郷こきょうかえり、ひそか怨歎えんたんいだくものあり。自今じこん以後い ごよろしく四さいもっかぎりとなし、あまね群人ぐんじんおよぼすべし。

【字句謹解】◯史生 官廳かんちょうの文書をつかさどる役人 ◯六年に滿つること 六年をて任期の滿つること ◯望人 望む人、志願者のこと ◯白頭 老人のこと ◯怨歎を抱く 時代の規定をうらみ、自分の不幸をなげく ◯群人に及ぼす 出來るだけ多くの人々に史生しせいの地位をあたへる。

【大意謹述】諸國の官廳かんちょうで文書をつかさどる役人は、六年間を規定として交替する制度になつてゐる。しかしこの規定は、あまりに志願者が多く、採用される者がかず少くて、中には老年になるまで一度もまた史生しせいに任ぜられず、力落して空しく故郷にかえり、自分の不幸をなげくと共に、內々ないない、この規定をうらむ者も少くはないと聞いてゐる。ゆえちんは今後史生しせいの任期を六年から四年に短縮し、出來るだけ多くの人々をこの方面に任用するやうにして欲しいと考へる。

【備考】人材をして、れなく、ふさはしい地位にかしめるのが政治の極意ごくいであり、要道ようどうである。史生しせいは高い地位ではない。けれども志願者はなりに多い。かうした方面の人々をして、不平なからしめるやう、公平に職にかしめようとせられた淳仁じゅんにん天皇思召おぼしめしは、人材を愛せらるるところの御精神ごせいしんから發動はつどうしたのであらう。