22 集會飮酒を禁ずるの詔 孝謙天皇(第四十六代)

集會しゅうかい飮酒いんしゅきんずるのみことのり天平寶字二年二月 續日本紀

隨時立制、有國通規、議代行權、昔王彝訓。頃者民間宴集、動有違𠎝。或同惡相聚濫非聖化、或醉亂無節、便致鬪爭。據理論之、甚乖道義。自今已後、王公已下、除供祭療患以外、不得飮酒。其朋友寮屬、內外親情、至於暇景、應相追訪者、先申官司然後聽集。如有犯者、五位已上停一年封祿、六位已下解見任、已外決杖八十。冀將淳風俗、能成人善、習禮於未識、防亂於未然也。

【謹譯】ときしたがつてせいつるは、くにたもつの通規つうきにして、はかりてけんおこなふは、昔王せきおう彝訓いくんなり。頃者このごろ民間みんかん宴集えんしゅうして、ややもすれば違𠎝いけんあり。あるい同惡どうあくあいあつまつてみだりに聖化せいかそしり、あるい醉亂すいらんせつなくして、便すなわ鬪爭とうそういたす。ことわりつてれをろんずるに、はなは道義どうぎたがへり。自今じこん已後い ご王公おうこう已下い かまつりそなやまいりょうするをのぞ以外いがい飮酒いんしゅすることをず。朋友ほうゆう寮屬りょうぞく內外ないがい親情しんじょう暇景かけいいたつて、あい追訪ついほうせんとするものは、官司かんしもうしてしかのちあつまことゆるせ。おかすことあらば、五已上いじょうは一ねん封祿ほうろくとどめむ。六已下い か見任けんにんかん。已外いがい決杖けつじょう八十たびせん。ねがわくはまさ風俗ふうぞくあつくし、ひとぜんをなし、れい未識みしきならつて、らん未然みぜんふせがむことを。

【字句謹解】◯時に隨つて制を立つ 時の變化へんかしたがつてその時々にてはまつた制度を立てる。政治の根本觀念かんねんは一定不變ふへんだが、その應用おうようについては融通ゆうづうを利かせ、各時代の主潮しゅちょうを正しく考慮に入れて運用すること ◯通規 時の古今・場所の東西に通じた規定 ◯代を議りて權を行ふ 獨斷どくだんで事を決定せず、時勢のおもむくところを察して事を行ふ ◯彝訓 正しい道のおしえ ◯宴集 酒宴しゅえんのために、人々が一つ場所にあつまる ◯違𠎝 規定にたがふ ◯聖化を非り 當時とうじの政治方針を非難する ◯醉亂節なく 酒につて萬事ばんじのつつしみを忘れる ◯乖へり そむくと同意 ◯患を療す 病氣治療のために用ふる ◯朋友寮屬 友人・同輩どうはいの人々の意 ◯內外の親情 父方又は母方の親戚としての情 ◯暇景 ひまな時 ◯追訪 訪問して、親交をますますあたためる ◯官司 役人 ◯封祿 かんおうじてかみからたまふ一定の祿ろく ◯見任を解く その位を取り上げる ◯風俗を淳くし 風俗を昔のままの淳朴じゅんぼくにする。少しも表面だけを飾つたり、贅澤ぜいたくなことをしない意味 ◯能く人の善をなし よく人にぜんをすすめて行はせること。『論語ろんご』に「いわく、君子くんしは人の美を成し、人の惡を成さず。小人しょうじんはこれに反す」(顏淵)とあるのを參照せよ ◯禮を未識に習つて 未だれいをはつきり知らぬものはこれを習つてといふ意 ◯亂を未然に防がむ 未だ態度がみだれないうちに食ひとめる。

【大意謹述】時代々々の主潮しゅちょうを考慮して、る程度までそれを含ませた制度を立てるのは、國の太平を保つ上に必要な規定であり、又、すべての方面に獨斷どくだんせず、時勢のおもむくところを察して事を行ふのは、昔の賢王けんおうが後世にのこした治國ちこく敎訓きょうくんである。ちんは近頃の世相に注意すると、民間では酒宴のために集合することが常に多く、德をみだ行爲こういがありはしないかと疑はれるやうな節がないでもない。時には同じやうな惡心をいだいた者が集まつて、理由もなく度々の現今の政治方針を非難したり、又は酒にひすぎて、萬事ばんじつつしむ氣持を失ひ、へばたちまち口論・私鬪しとうを行ふ。この種のことは道理上から論ずると、言語ごんご道斷どうだんで、全然に背いてゐる。

 以上述べた如き風習は長くつづけることを許さない。朕は、次の命を諸臣に下して堅く守つてほしいと思ふ。今日こんにち以後、王又はこうの地位にある者以下は、神に供へるか、病氣を治療する場合を除いて、酒を飮むことを禁ずる。友人・同僚の關係かんけいあるいは父方、母方の親戚のまじわりを厚くする目的で、暇な時に集つてたがいに慰め、又は酒などを出すことの必要が起つたならば、その旨を一おう役人に申しで、許可を得た後に集合するやうに決定する。まん一、この命にしたがはない者があれば、五位以上の位を持つた者ならかみからたま祿ろくを一年間中止し、六位以下の者は位を下げるか、又は一切の特典をさずけず、更にそれ以外はつえ八十の罪にしょする。朕がこの處刑しょけいを設けた意味をよく考へ、今後一層心を入れて風俗を淳朴じゅんぼくにし、相互に善をすすめ合ふやうに氣をつけて、未だ知らないれいの方面は特にこれを習ひ、萬事ばんじつつしんで態度がみだれない間にすべてを防ぎたいものである。朕は忠良ちゅうりょう群臣ぐんしんの努力により、その方面に申分なく完備された日が、近い將來しょうらいに於てきたらんことを信ずる。

【備考】ここに仰せ出された通り、政治は活物かつぶつで、いつでも、時代の動きに伴はねばならない。政治上の原則や原理は、大體だいたいにおいて一定してゐるが、時の動きを見ないで、それにのみ拘泥こうでいすると、失敗し易い。それゆえ、原理・原則を新しい時代に適用するやう、活かしてゆくのが政治家の手腕であり、君主の任務であるとへよう。この勅語ちょくごはいして、泌々しみじみ、その事が考へられる。

 酒は必ずしも有害でなく、少量を飮めば、よいと醫學家いがくかつてゐる。が、酒を飮むよりも、往々、酒に飮まれるものが少くない。それは、心中、れい觀念かんねんを有せず、れいによつて、規制を加へぬからである。いかに百やくちょうであり、天の美祿びろくであつても、これがれいによつて、程のよさを得ないと、態度がみだれてくる。ここには、左樣そ うした缺點けってんを根本からめねばならぬことを敎示きょうじせられてゐる。風敎ふうきょう維持の上において、重要な意義を持つものと拜察はいさつする。