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21-2 諸學生の所課を勉勵するの勅 孝謙天皇(第四十六代)

諸學生しょがくせい所課しょか勉勵べんれいするのみことのり(第二段)(天平寶字元年十一月 續日本紀

其須講、經生者三經、傳生者三史。醫生者太素、甲乙、脈經、本草。針生者素問、針經、明堂脈決。天文生者、天官書、漢晉天文志、三色簿讃、韓揚要集。陰陽生者周易、新撰陰陽書、黄帝金匱、五行大義。曆算生者、漢晉律曆志、大衍曆議、九章六章、周髀、定天論。

【謹譯】すべからくこうずべきもの、經生けいせいは三けい傳生でんせいは三醫生いせい太素たいそ甲乙こうおつ脈經みゃっきょう本草ほんそう針生しんせい素問そもん針經しんきょう明堂めいどう脈決みゃっけつ天文生てんもんせい天官書てんかんしょ漢晉かんしん天文志てんもんし、三色簿讃しょくぼさん韓揚かんよう要集ようしゅう陰陽生おんようせい周易しゅうえき新撰しんせん陰陽書おんようしょ黄帝こうてい金匱きんき、五行大義ぎょうたいぎ曆算生れきさんせい漢晉かんしん律曆志りつれきし大衍だいえん曆議れきぎ、九しょうしょう周髀す ひ定天論ていてんろんなり。

【字句謹解】◯經生 經書けいしょを修める學生 ◯三經 大經たいけい中經ちゅうけい小經しょうけいのことで、大經禮記らいき春秋しゅんじゅう左氏傳さしでん中經毛詩もうし周禮しゅうらい儀禮ぎらい小經周易しゅうえき(易經)・尙書しょうしょ(書經) ◯傳生 歷史を研究する學生 ◯三史 これは六朝りくちょう時代ととう以後と內容がことなる、六朝では史記し き班固はんこ漢書かんじょ荀悅じゅんえつ漢記かんきを三といひ、唐以後は史記し き漢書かんじょ後漢書ごかんじょとなつた ◯太素 醫學いがくの本、三十かんあるとつたへられ『唐書とうしょ』の藝文志げいぶんしに「黄帝こうてい內經ないきょう太素たいそ三十かん」云々とある ◯甲乙 甲乙經こうおつきょうのこと、十二卷本 ◯脈經 二卷本 ◯本草 新修しんしゅう本草ほんそうのこと、二十卷本 ◯針生 針鍼は りを研究する學生 ◯素問 三卷本 ◯針經 黄帝こうてい針經しんきょうしょうするもの、三卷本 ◯明堂 三卷本 ◯脈決 二卷本 ◯天文生 天文學を修める學生 ◯天官書 『史記し き』中にある天官書てんかんしょのこと ◯漢晉の天文志 『漢書かんじょ』及び『晉書しんしょ』にある天文志てんもんしを指す ◯三色簿讃 この三しょくを『三代格だいきゃく』には三と作り「現在の書目錄しょもくろく簿さん卷本かんぼんではないか」といつてゐる ◯韓揚要集 『唐志とうし』にある韓揚かんよう天文てんもん要集ようしゅうのこと、四十卷本 ◯周易 現在『易經えききょう』として知られてゐるもの ◯新撰陰陽書 三十卷本 ◯黄帝金匱 三卷本 ◯五行大義 五卷本『五行記ぎょうき』と同一ならんかとの說がある ◯漢書の律曆志 『漢書』及び『晉書』の律曆志りつれきしのこと ◯大衍曆 『唐志とうし』中に出て來る一卷本 ◯九章 算經さんぎょうの一部『學令がくれい』に算經さんぎょうの規定があつて、その中に孫子そんし・五そう・九しょう海嶋かいとう・六しょう周髀す ひなどがげられてゐる。九しょうは最古の算術書、周髀す ひと共に周公しゅうこうの作とつたへられる ◯定天論 三卷本、一說に一卷本とある。

【大意謹述】それにはづ博士・醫師い し必修ひっしゅう條件じょうけんを決定するのが最もよろしい。今、その書目しょもくを各自にげれば、經書けいしょを研究する學生は大經たいけい中經ちゅうけい小經しょうけい所謂いわゆるけいを修めなくてはならず、歷史の研究生は史記し き漢書かんじょ後漢書ごかんじょの三は必ずむべきものである。その他醫學いがくの研究生は太素たいそ甲乙こうおつ脈經みゃっきょう本草ほんそう針學しんがくの研究生は素問そもん針經しんきょう明堂めいどう脈決みゃっけつ、天文學の研究生は史記し きにある天官書てんかんしょ漢書かんじょ晉書しんしょ天文志てんもんし・三色簿讃しょくぼさん韓揚かんよう要集ようしゅう陰陽學おんようがくの研究生は周易しゅうえき新撰しんせん陰陽書おんようしょ黄帝こうてい金匱きんき・五行大義ぎょうたいぎ曆算れきさんの研究生は漢書かんじょ晉書しんしょ律曆志りつれきし大衍だいえん曆議れきぎ・九しょうしょう周髀す ひ定天論ていてんろんなどを必修すべきである。

【備考】以上の如く、經書けいしょ・歷史・醫學いがく針學しんがく・天文學・陰陽學おんようがくなどの諸生の研究方針を明示せられたことは、この時代に於ける學藝がくげいの進歩を促す上に最も效果こうかがあつた。勿論、今日こんにちとはちがつて、容易に書籍が手に入らず、專攻せんこう學者も、各方面に少かつたから、學問研究には相當そうとうの困難を伴つた事と思はれる。

 經書けいしょ研究について一げんすると、大・中・小三けい學修がくしゅうするほか、『論語ろんご』『孝經こうきょう』を兼修けんしゅうする事となつてゐた。それには、一定した註釋書ちゅうしゃくしょを用ふる規定があつて、例へば周易しゅうえきは、鄭玄じょうげん、または王弼おうひつのものを用ひ、『書經しょきょう』は弘安國こうあんこく鄭玄じょうげんのものといふ風になつてゐた。事實じじつ、それらのものしか手に入らず、つそれを各自が入手するのは、なり困難だつた。したがつて一層勉强せねばならなかつた事であらう。