19 雙六を禁ずるの勅 孝謙天皇(第四十六代)

雙六すごろくきんずるのみことのり天平勝寶六年十月 續日本紀

官人百姓、不畏憲法、私聚徒衆、任意雙六。至於淫迷、子無順父、終亡家業、亦(虧)孝道。因斯遍仰京畿七道諸國、固令禁斷、其六位已下、無論男女、決杖一百、不須蔭贖。但五位者、卽解見任、及奪位祿位田。四位已上、停給封戸。職國郡司、阿容不禁、亦皆解任、若有糺告二十人已上者、無位叙位三階、有位者賜絁十疋、布十端。

【謹譯】官人かんじん百姓ひゃくせい憲法けんぽうおそれず、ひそかに徒衆としゅうあつめ、まかせて雙六すごろくするものあり。淫迷いんめいするにいたれば、ちちしたがふことなく、つい家業かぎょううしなひ、また孝道こうどうを()く。これり、あまね京畿けいきどう諸國しょこくおおせて、かた禁斷きんだんせしむ、の六已下い かのものは、男女だんじょろんずるなく、つえ一百にけっせん。蔭贖いんしょくもちひざれ。ただし五のものは、すなわ見任けんにんき、およ位祿いろく位田いでんうばはん。四已上いじょうのものは、封戸ふ こきゅうすることをとどめん。しょく國郡司こくぐんじ阿容あようきんぜざるものもまたみなにんく、し二十人已上いじょうのものを糺告きゅうこくするものあらば、無位む いのものは、くらいかいじょし、有位ゆういのものには、あしぎぬぴきぬのたんたまわらん。

【字句謹解】◯憲法 國のおきて ◯徒衆 同類の意 ◯雙六 本來は室內遊戯の一種、雙六盤すごろくばん黑白こくびゃくの石おのおの十五を式の如くならべ、二個のさいを竹の筒に入れて振出ふりだし、の出た目のかずだけづつ石を送り、早く敵陣へ這入は いつたのを勝利とするもの、また所謂いわゆる道中雙六どうちゅうすごろくるいふ。之が賭博とばくとして行はれたのである。〔註一〕參照 ◯淫迷 みだりにふけり、迷ふこと ◯京畿七道 京畿けいき帝都ていと附近ふきん及び五畿內きない、七どうは、東海・東山とうさん・北陸・山陰・山陽・南海・西海さいかいのこと ◯蔭贖 罪をかくしたり、又は財物を役人に送つて、罪をまぬがれたりする事 ◯位祿 位記い き世祿せろくのこと ◯位田 くらいに付けて給與きゅうよされた田地でんち親王しんのうは一ぽん八十ちょうより、四ほん三十町と定められ、臣下しんかしょう八十町より、じゅ八町と定められた ◯封戸 フコとくんずる。古昔こせき、皇族及び官位あるものに地方の戸口ここう若干の田租でんその半額及び調庸ちょうようの全部をきゅうせられた事、親王は一ぽん八百戸より遞減ていげんして、無品むほんの百五十戸に至つた。普通しんは、しょうの三百戸から遞減ていげんして、じゅの百戸に至つたのである。太政大臣は三千戸、參議さんぎは六百戸と定められてゐた ◯職國郡司 國司こくし郡司ぐんじの職にあるもの ◯阿容 おもねる姿 ◯糺告 ただし告げる。

〔註一〕雙六 博奕ばくちを目的とする雙六すごろくの類は、奈良時代に度々禁ぜられた。元來、雙六は賭博とばくでなく、印度いんどから日本へつたへられた室內遊戯の一種で、雅經まさつねの歌に「とおあまりいつつの石の數々かずかずに、雙六すごろくすさびなりけり」とある、一めい、六さいともつた。天平時代には、雙六が非常に流行し、人民のみならず、相當そうとうの役人もまた加はり、夢中になつて之にふけつた。その一因は、役人も人民も生活にきゅうした結果、賭博とばくにより僥倖ぎょうこうを得ようとしたところにあるともはれてゐる。

【大意謹述】役人や民衆が、國のおきてげんとしてそんすることをかえりみず、恐れかしこまらないで、ひそかに同類のものをあつめ、思ふ存分、雙六すごろくふけるのはよろしからぬ事だ。それに身を入れて、夢中になると、子として父のげんを用ひないで、始終しじゅうあらそひ、最後には家業かぎょうを失ふやうな破目は めおちいるものが少くない。そのため、人倫じんりん中、一番、大切とせられるこうの道に背く見苦しい有樣ありさま續出ぞくしゅつしつつある。このまま打棄うちすて置くと、社會しゃかい風敎ふうきょうみだし、惡影響が少くないから、ここ京畿けいき地方及び東海・東山とうさん・北陸・山陰・山陽・南海・西海さいかい諸道に嚴令げんれいつたへてこれを固く禁ぜしむる事とした。しこの法令に背くと、六位以下のものは、つえ一百を加へるであらう。それについて、罪をかくしたり、あるいは役人に賄賂わいろを贈つて、罪をまぬがれたりすることは、だんじて許さぬ。ただし五位のものは、その現任を解き、位記い き世祿せろくを取りあげ、くらい附屬ふぞくする田を召上めしあげるであらう。四位以上のものは封戸ふ ことどめる。國司こくし郡司ぐんじにして、賭博者とばくしゃ阿諛あ ゆし之を默過もっかするものは解雇する。し二十人以上の違犯者いはんしゃ上申じょうしんするものがあらば、無位む いのものは、くらい三級を進めて、位記い きあたへ、位記い きあるものには、あしぎぬぴきぬのたんたまわるであらう。

【備考】賭博とばくは、敎育上から見ても、道德上から見ても、その害多きことは、今更、說く必要がない。犯罪としては、輕い方ではあるが、品性をきずつけ、僥倖ぎょうこうを追ふ惡癖あくへきおちい弊害へいがいが多い。本勅ほんちょくにおいても、その父に背き、家業を失ふ弊害へいがいが指摘せられてゐる。いつの世にも、賭博とばくえぬだけ、それだけ根絕こんぜつがむづかしい。