13 國博士を選定するの制 文武天皇(第四十二代)

國博士くにのはかせ選定せんていするのせい(大寶三年三月 續日本紀

依令、國博士於部內及傍國取用。然溫故知新希有其人。若傍國無人採用則申省。然後省選擬更請處分。又有才堪郡司、若富郡有三等已上親者、聽任比郡。

【謹譯】りょうよって、國博士くにのはかせ部內ぶないおよ傍國ぼうこくおいもちふ。しかれどもふるきたずねてあたらしきをるはひとることれなり。傍國ぼうこく採用さいようするにひとなきときはすなわやくしょもうせ、しかしてのちやくしょ選擬せんぎしてさら處分しょぶんへ。またさい郡司ぐんじふるあつて、當郡とうぐんに三とう已上いじょうしんあらむものは、比郡ひぐんにんずることをゆるせ。

【字句謹解】◯國博士 くにのはかせ。孝德こうとく天皇大化たいか元年に、高向玄理たかむくのくろまろ及び釋旻しゃくびん(僧侶)を國博士くにのはかせとしたのが最初の例。ここにあるのは各國の學校がっこう敎師のこと、詳しくは〔註一〕を參考せよ ◯部內 同じ國司こくしの統治區域くいき ◯傍國 それに隣り合つてゐる國 ◯故を溫ねて新を知る 學問の正しい研究方法。したがつてこれを得た者は人の師となりるので、人の師となる資格の意味に轉化てんかする。本文ほんもんに「ることれなり」とつてゐるのは後者の意味で、『論語ろんご』の「いわく、ふるきたずねてあたらしきを知れば、もったるべし」(爲政)を背景にすればよく理解出來よう。この語句の意は、限りなく變化へんかする天下のいきおいを知るには、昔學んで知つた古典を溫習おんしゅうし、すつかり自分のものとして、次に未だ聞知もんちしない新義しんぎ發明はつめいし、今日こんにち實際じっさいの用に立たせるやうに心がけることであるとの意味 ◯ やくしょ、ここでは式部省しきぶしょうを指す ◯選擬 各方面から最も適當てきとうな人を選ぶ ◯處分 處置しょちのこと ◯才の郡司に堪ふる 一ぐんの統率者になるだけの才能がある人 ◯三等已上の親 これは親子からかぞへ、親疎しんそによつて五等迄分たれてゐる。ここでは三等身以上の親しい者の意 ◯比郡 近郡のこと。

〔註一〕國博士 前述の如く孝德こうとく天皇大化たいか元年に初任を見た。ただ文武もんむ天皇の場合は國學こくがくの職員中の博士のことで各國にある學校敎師を指す。大寶たいほうの制につて諸國の國學に博士が置かれ、郡司ぐんじの子弟に敎へることとなつた。原則として博士はその國の人で才徳さいとくある者を選び、太政官だじょうかんに申し、式部省しきぶしょう任補にんぽするので、諸國におのおの一人である。その後、養老ようろう七年十月には按察使あ ぜ ちする國だけに博士を置き、以外はめた。延喜えんぎの制にも、諸道の學生中、才學さいがくに長ずる者は、その方面の博士が推擧すいきょして、諸國の博士とする法文が見える。

【大意謹述】ちんここ大寶令たいほうれいしたがひ、今より以後、國博士くにのはかせはその國內又は近邊きんぺんの國々から採用することにした。それにしても當今とうこん、博士の資格である所の古典を明らかにし、それを根據こんきょに新しい時勢に合はせるやう、學問する者が非常に少ないのは遺憾いかんだ。したがつて以上の意味で學才がくさいある者が各國に必ず居るとは限らない。しその當國とうこく、及び近邊きんぺんの國から右の條件じょうけんに適する人物が發見はっけん出來なかつたならば、ただちに式部省しきぶしょう申出もうしいでるがよい。式部省適當てきとうな人物を選び、太政官へば、多くの場合、異議なく太政官では承認するであらう。次に郡の支配者になれる程の才學があり、三等親とうしん以上の者がその郡に住んでゐる場合には、出來る限りその近郡のつかさとして任命する便宜べんぎあたへることにする。

【備考】溫故おんこ知新ちしん!これが、いつの世でも學問上、最も必要である。日本の古典のうちには、大古たいこ大新たいしんの意義を持つものが多い。それを新しく再吟味することにより、その大新たいしんである所以ゆえんが生きる。勅語ちょくごによると、この溫故おんこ知新ちしん方面に才能を働かし、また早く之に著眼ちゃくがんして熱意を傾けるものが極少いと仰せられてゐる。これは、ひとり、當時とうじに限られた現象でなく、昭和の今日こんにちも、ただ海外の事物を無暗むやみに新しがつて研究し、それらよりはずつと價値か ち多き日本の古典を閑却かんきゃくするものがほ少くないのと同一である。

 それに歐米おうべい文化が行詰ゆきづまつてしまつた今日こんにち、その歐米おうべい的「しん」なるものも次第に減じ、そこから潑剌はつらつたる生命が現はれて來ない。かうなると、一層、日本の古典を中心として、東洋の古典を研究し、ふるきをたずねることにより、そこに一つの新しい意義を見出してくるのが、何より肝要かんようだ。今日こんにち、日本精神せいしんの再吟味・再認識といふことが、大切にされて來たのも、つまりは溫故おんこ知新ちしんを深い關係かんけいがある。これを思ふと、文武もんむ天皇勅語ちょくごに於て仰せられたことは、今日こんにち肝銘かんめいして、思召おぼしめしはねばならぬと思ふ。ついでに近世の古典として日本精神復興の經典けいてんとなるべき『新論』(會澤正志著)『中朝ちゅうちょう事實じじつ』(山鹿素行著)『弘道館こうどうかん記述きじゅつ』(藤田東湖著)の三大名著を熟讀じゅくどくすることが溫故おんこ知新ちしん上、最も必要であることを注意して置く。