11 氏上を定むべきの詔 天武天皇(第四十代)

氏上このかみさだむべきのみことのり(十年九月 日本書紀

凡諸氏有氏上未定者、各定氏上而申送于理官。

【謹譯】およ諸氏しょし氏上このかみいまさだまらざるものあらば、おのおの氏上このかみさだめて理官おさむるつかさもうおくれ。

【字句謹解】◯氏上 氏中うじちゅう宗長そうちょうのこと、〔註一〕を參照せよ ◯理官 のち治部省じぶしょうのことで、姓名・婚姻・祥瑞しょうずい喪葬そうそう國忌こっき及び外國關係かんけいすべてを職掌しょくしょうとした。

〔註一〕氏上 氏長しちょうとも氏宗しそうとも書き、くんも「ウヂカミ」「ウヂノカミ」「ウヂノオサ」「ウヂノコノカミ」など種々ある。うじ宗家そうけの最高地位にある人で、同族を率ゐて朝家ちょうけに奉仕し、祖神そじん祭祀さいし氏人しじん敍爵じょしゃくなどをつかさどつた。氏上このかみ國史こくしに見えるのは、天智てんち天皇御代み よで、大氏おおうじ氏上このかみには太刀た ちを、小氏こうじ氏上このかみには小刀しょうとうを、伴造とものみやつこ氏上このかみにはたて弓矢ゆみやたまうたとあるが、それ以前にも系圖けいずなどにはこの語が見えるので、大分ふるいことと考へられる。

〔注意〕當時とうじ氏上このかみ撰定せんていするのは重大事件でもあり困難でもあつたらしく、一ちょうせきに決定は出來なかつた。ゆえに同年十二月には更に「氏上このかみを定むるのみことのり」をはっし、諸氏を促してゐられる。

【大意謹述】未だ氏上このかみを決定してゐない各氏にぞくするものは、早速それを定めて、當局とうきょくにまで申出もうしいでるがよい。それでないと何事につけても不便である。

【備考】姓氏せいし混亂こんらん及び複雜化ふくざつかしてゆくことを正しく改め、統制しようといふことは、天武てんむ天皇ねて心がけられたところであつた。その困難な仕事に着手される第一歩として、氏上このかみを定められる事になつた。それについての拜答はいとうをなすことは、各うじぞくするものにおいて大分、おくれたが、いよいよ考査研究の結果、十二年十月、八せいを定め、こみ入つた氏族しぞくの階級を單純たんじゅんな八せいとされた。それは、眞人まひと朝臣あそみ宿禰すくね忌寸いみき道師みちのしおみむらじ稻置いなぎ等である。

 眞人まひとは十三に、朝臣あそみは五十五氏に、宿禰すくねは五十氏に、忌寸いみきは十一氏にそれぞれたまわつた。今その賜姓しせいの家は一々、ここげないで省略する。以上のうち、最高の階級たる眞人まひとは、マツトともふ。それらの八せいは、主として畿內きない地方に限られ、地方に及んだところは少かつた。が、毛野け の尾張おわり胸方むなかた吉備き びなどには、せいたまわつたものが少しはあつたとはれる。

 更に十三年には、しゃくを改めて、階級をし、臣下しんか授與じゅよする折の便宜べんぎを計られた。諸王以上のかいは六階で、それを毎階、だいこうわかち、十二階とせられた。諸臣は六階で、これを毎階、四階に分ち、各だいこうわかれたから四十八階をなるわけである。のち持統じとう天皇の時に幾分、改良を加へられた。