9 長上を拜するの詔 天武天皇(第四十代)

長上ちょうじょうはいするのみことのり(八年正月 日本書紀

凡當正月之節、諸王諸臣及百寮者、除兄姉以上親及己氏長、以外莫拜焉。其諸王者、雖母非王姓者莫拜。凡諸臣亦莫拜卑母。雖非正月節復准此。若有犯者、隨事罪之。

【謹譯】およ正月むつきせちあたりて、諸王しょおう諸臣しょしんおよ百寮ひゃくりょうものは、兄姉けいし以上いじょうしんおよおの氏長うじのこのかみのぞ以外いがいおがむことなかれ。諸王しょおうは、ははいえどおうせいにあらずば、おがむことなかれ。およ諸臣しょしんまた卑母ひくきいろはおがむことなかれ。正月むつきせちにあらずといえども、れになぞらへよ。おかものらば、ことままつみせむ。

【字句謹解】◯正月の節 正月七草ななくさまでのれいを意味する。このみことのりは正月七日ななくさはっせられた ◯百寮の者 百かんの人々 ◯氏長 普通氏上うじのかみと書く。當時とうじの氏族關係かんけい中の宗家そうけの最高地位にある人 ◯王の姓 王を名のる家柄から出た者 ◯卑母 身分のひくい母、〔註一〕參照。

〔註一〕卑母 母が自分より位のひくい場合をいふ。これは當時とうじ男女の社會しゃかい上の地位を考へないと、今日こんにち我々の眼からは一寸ちょっと判斷はんだんし難いところがある。當時とうじ男子は時が來れば父の地位をおそつたが、婦人は結婚しても夫と同位にはならず、あくまで生家の地位を繼承けいしょうした。このゆえに今、身分のひくい家から妻を得たとすれば、その間に出來た子は母よりか地位は高いことになり、反對はんたいに母であつても、現在自分の生んだ子よりもひくい地位に居た者も多い。

【大意謹述】正月拜禮はいれい範圍はんいをここで一定する。正月の拜禮はいれいあたつて諸王・諸臣その下にぞくする百かんの人々は、自分の兄や姉以上に位する近親、及び自分のぞくしてゐるうじ宗家そうけの最も高い地位にある人を除いては禮拜らいはいする必要はない。就中なかんずく諸王は生母であつても王を名のる家柄以下から出た人にははいさなくともよろしく、一般に自分より地位のひくい母には諸臣もはいしてはならない。これは全く平生へいぜいから目上の者を尊敬する氣持を養はせるためなので何も正月だけに限らず、すべての場合かう考へてよろしい。しこの命令にしたがはず、禁じられたことを行ふものがあれば、內容におうじて等差とうさを分け、處罰しょばつするであらう。

【備考】社會しゃかい上下の秩序を維持し、高官・高位の人々の威嚴いげんを保つてゆくには、一つの典例てんれい準據じゅんきょする必要を生ずる。この勅語ちょくごは、左樣そ うした必要に迫られてはっせられたのであつて、必ずしも、敬老・尚齒しょうしの意義を輕視けいしせられたのではない。