8-10 陋習を禁ずるの詔 孝德天皇(第三十六代)

陋習ろうしゅうきんずるのみことのり(第十段)(大化二年三月 日本書紀

(營墓の詔)

復有亡夫之婦、若經十年及二十年、適人爲婦、幷未嫁之女、始適人時、於是妬斯夫婦、使祓除多。復有爲被嫌離者。特由慙愧所惱、强爲事瑕之婢。復有屢嫌己婦姧他、好向官司請決。假使得明三證、而倶顯陳、然後可諮。詎生浪訴。

【謹譯】おっとうしなへるありて、しくは十ねんおよび二十ねんて、ひととついでとなり、ならびにいまとつがざるおんなはじめてひととつときここ夫婦めおとねたみて祓除ふつじょせしむるものおおし。つまとなりてきらはれはなるるものあり。ひと慙愧ざんきしてなやまさるるにりて、しいことさかめのやっことなる。しばしばおのつまたわけたりとうたがひ、このみて官司つかさきてことわりふことあり。假使たとえあきらかなる三しょうるとも、ともあらはしもうして、しかのちはかるべし。いかむぞみだりうったふることをさむ。

【字句謹解】◯適いで婦となり 上古じょうこ寡婦か ふ再嫁さいかを必ずしも禁じなかつた。ただ父母及び夫の喪中だけは之を禁じた。それについての法律はないが、習慣上、左樣そ うなつてゐた。又、處女しょじょの結婚にあたつても處女性からの離脫といふ意味で祓除はらいしたが、往々おうおう本質は忘れられて弊害へいがいのみとなつた。祓除はらいは罪をきよめる意味で、當人とうにん種々しゅじゅの物品をたてまつるのが例だが、本質が忘れられると、たんに物品の奉納に終つてしまふ。ここにへいが生ずるのである ◯慙愧して惱まさるる云々 世間體せけんていをはぢる一方に夫を愛する氣持きもちのこつてゐるのでの意 ◯强て事瑕の婢となる 無理に夫の家のおんなとなる。肉體にくたい關係かんけいを離れることを事瑕ことさかといふ。は『書紀しょき』のちゅうに「ことさか」とませてある ◯他に姧けたり 他人と私通しつうした。この場合は姦通かんつうの意 ◯官司 役所のこと ◯決を請ふ 正式の裁判を願ふ ◯三證 明白な證據しょうこの意 三は三度證據しょうこが重れば誰も信ずるからくいつた ◯倶に顯はし陳して 姦通かんつう現狀げんじょう發見はっけんした後で具申ぐしん ◯諮る かみに訴へる。

【大意謹述】未亡人が夫の殁後ぼつご、十年あるいは二十年をて新たに夫を求めた場合、又は未婚の婦人が新しく結婚する時などには、の男女の情交じょうこうみにくむところから前夫のれいなぐさめ、處女性しょじょせいからの離脫りだつを示すためとつて、きよめを實行じっこうさせるふうがある。それらは正しい意味に用ひられてゐる間は無理もないが、現在のやうに動機が不純でたんなる物品の奉納に終るやうになつては、それから生ずる弊害へいがいは想像以上のものがある。

 人妻が夫から嫌はれて夫婦關係かんけいたれた時、一は世間體せけんていづるため、一は未だ夫にたいする愛情が去らないため、無理に願つて夫婦關係かんけいを絕つたままでおんなに使はれることも少くない。かうした傾向は是認ぜにんさるべきであらうか。是認さるべきではない。

 更に自分の妻がの男と姦通かんつうしたかと疑ひ、ただちに役所に出向いて正式の裁判を願ひいづる者が多い。この種のものは餘程よほど愼重しんちょうな態度を要するので、辯解べんかい餘地よ ちがないと思ふ證據しょうこ度重たびかさなつても、現狀げんじょうを見極めるまでは勝手に訴へ出てはならない。まして薄弱はくじゃくな理由で申出もうしいづる者の多いことは、たしかに現時げんじ弊風へいふうであると思ふ。

【備考】祓除はらいは、一切の罪とけがれとをはらきよめる上から、精神的に意義深い事であるが、しそれが形式一ぺんのものになると、以下の勅語ちょくごにもおおせられた如く、意義・本質を失つてしまふ。すべてかうしたことが形式化して固定すると、はらひの效果こうかがなくなる。勅語ちょくごいましめられたのは、つまり、實質上じっしつじょう、精神的に意義を深めてゆくべき必要をおしへらるるめであつたらうと拜察はいさつする。