8-9 陋習を禁ずるの詔 孝德天皇(第三十六代)

陋習ろうしゅうきんずるのみことのり(第九段)(大化二年三月 日本書紀

(營墓の詔)

復有妻妾、爲夫被放之日、經年之後、適他恒理。而此前夫三四年後、貧求後夫財物、爲己利者甚衆。復有恃勢之男、浪要他女、而未納際、女自適人。其浪要者、嗔求兩家財物、爲己利者甚衆。

【謹譯】妻妾さいしょうありて、おっとめにてらるるに、としのちひととつぐはつねことわりなり。しかるを前夫ぜんぷ、三四ねんのちに、後夫こうふ財物ざいぶつむさぼもとめて、おのものはなはおおし。いきおいたのおとこありて、みだりひとおんなことむすび、しかしいまむかへざるのさいに、おんなみずからにひととつげり。みだりことむすびしものいかりて兩家りょうけ財物ざいぶつもとめて、おのとなすものはなはおおし。

【字句謹解】◯夫の爲めに放てらるる日に 夫から離緣りえんされた日からかぞへての意。ただしこれは法律上の離緣りえんではない ◯恒の理 世間一般、誰でも行つてゐること ◯勢を恃む男 とみその他の權力けんりょくを肩にきること ◯浪に 勝手に ◯他の女を要び 他の娘と强制的にある關係かんけいを結ぶ意 ◯未だ納へざる際に 未だ正式に結婚しない以前に ◯嗔りて 娘の破約はやくおおいに怒る。

【大意謹述】婚姻關係かんけいも現在ははなはみだれてゐるやうに思はれる。人の妻やめかけが夫として奉仕する者から離れて數年すうねんれば、の男と結婚するのは世間普通に見られることで、別に非難することはあるまい。それにもかかわらず、三四年をて、法律上の問題を楯にして後夫ご ふの資產を無理に奪ひ、自己の利益りえきとする前夫がはなはだ多い。

 一層はなはだしいのになると、何等なんらかの方面で權勢けんせいを肩にきた男が、勝手に他人の娘を强制して關係かんけいを結んでしまひ、未だ正式の結婚をしない間にその娘がに嫁ると大いに怒り、最初の約束を破つたのを口實こうじつとして、娘の家及び夫の家から多額の金錢きんせんを奪ひ、自分の利とする者も少くはない。かうした者は大部分、心からの愛情で行ふのではなく、利のために他人の妙齢みょうれいの娘を篭絡ろうらくするのである。このへいまた一刻も早く改められねばなるまい。

【備考】ここに指摘された風習は、いずれもよくないものである。やはり道德的良心が鈍く、反省が足らぬ結果、ここに至つたのであらう。それに、そのすところは、智慧ち えの働きよりも、相手をおどす方に傾き、考へ方が、いかにも單純たんじゅんだつた。朝廷においては、かうした弊風へいふうを一掃すべく、ここ天皇思召おぼしめしつたへられたのであらう。