8-8 陋習を禁ずるの詔 孝德天皇(第三十六代)

陋習ろうしゅうきんずるのみことのり(第八段)(大化二年三月 日本書紀

(營墓の詔)

復有見言不見、不見言見、聞言不聞、不聞言聞。都無正語正見、巧詐者多。復有奴婢、欺主貧困、自託勢家、求活、勢家仍强留買、不送本主者多。

【謹譯】ずとひ、ずしてたりとひ、きてかずとひ、かずしてけりとふ。すべまさしくかたり、まさしくることなくて、たくみいつわものあることおおし。奴婢ぬ ひあるじ貧困ひんこんなりとあざむき、みずか勢家とめるいえきてわたらいもとめ、勢家とめるいえりてあながちにひて本主ほんしゅおくらざるものあることおおし。

【字句謹解】◯見て見ずと言ひ 見たものも見ないと言つていつわりをいふ。〔註一〕參照 ◯奴婢 これを「をのやつこ、めのやつこ」とむ人もあるが、それ程の必要もないかとも思はれる。罪を行つた者を奴婢ぬ ひとした例は日本のみでない、各國に例が多い ◯主を貧困なりと欺き 自分の主人が貧窮ひんきゅうしてゐると言つて、富んだ家の者をあざむくこと ◯勢家 勢力ある富んだ家 ◯活を求め 生活の方法を求める ◯本主 舊主きゅうしゅの意。

〔註一〕見て見ずと言ひ これから以下は具體ぐたい的に舊弊きゅうへいを一々げて禁止してあるが、多分之は當時とうじ國司こくし奏上そうじょうしたもの、あるい京師けいしの裁判所に問題となつたもので、讀者どくしゃは何よりも具體ぐたい的に當時とうじの風俗・習慣を知り得られる。

【大意謹述】今の世にはこの他にいろいろな弊風へいふうが行はれて、それを改めなければ全然社會しゃかいの進歩は望まれない。次に問題となつた數例すうれいげ、ちんの意が奈邊なへんにあるかを明らかにしよう。

 世間には、實際じっさい自分で見てゐながら見ないと言つたり、見ないものを見たと言つたり、又は實際じっさい聞いてゐながら聞かないと主張したり、聞かないものを聞いたと言ひ張つたりする者が多く、常に面倒をき起す。あまりにさうした噂が屢々しばしば朕の耳に入るので、時には正しく見た事を見たと言ひ、聞いたものを聞いたと正直に言ふ者はゐず、全部が他をいつわるのではないかと疑ひを起すやうになる場合がないとは言はれない。更に自分の仕へる主人を貧窮ひんきゅうだといつわつて富んで勢力ある家の者に上手に取り入り、生活を保證ほしょうして貰ふ男女の奴隷どれいがある。勢力ある者はその口車にせられて、法律に反し、その奴隷を家にとどめ、舊主きゅうしゅに送り返さない場合も少なくない。これらは現時の大きい弊害へいがいである。

【備考】當時とうじ、上流に於て、敎養のあつた少數しょうすうの人たちを除くと、まだ道德意識がするどくなかつたやうに思はれる。したがつて利害關係かんけいになると、分別・思慮を加へることなく、ぐに本能的に動き、利のある方へ無暗むやみに傾くと云つたやうなことがあつた。つ訴訟事件においても、正直さをくことなどがあつたから、ここにその道德上の反省を促されたのであらうと拜察はいさつする。