8-1 陋習を禁ずるの詔 孝德天皇(第三十六代)

陋習ろうしゅうきんずるのみことのり(第一段)(大化二年三月 日本書紀

(營墓の詔)

朕聞。西土之君、戒其民曰、古之葬者、因高爲墓、不封不樹。棺槨足以朽骨、衣衿足以朽宍而已。故吾營此丘墟不食之地、欲使易代之後、不知其所。

【謹譯】ちんけり。西土もろこしきみたみいましめていわく、いにしえとむらいたかきりてはかとなす、つちつかずきうゑず。棺槨ひつぎもっほねくたすにり、衣衿きものもっししくたすにるのみと。ゆえ丘墟きゅうきょ不食ふしょくつくりて、へむのちに、ところらざらしめむとおもふ。

【字句謹解】◯西土の君 支那し なの君主の意 ◯高に因りて墓となす 自然の高い場所を利用して墓とした ◯封ず樹ゑず 特に平地に土を盛ることもせず、樹を周圍しゅういに植ゑることもしない。ほう支那し な古代に山又は天を祭るために土を盛ること ◯棺槨 ひつぎ、一及び二じゅうかんのこと、かんとは死者を入れてほうむるもの ◯衣衿 死者にせるもの。この部分は『魏志ぎ し』の帝紀ぶんていきの文から引用したとしょうされてゐる ◯宍を朽すに足る 腐つた肉を見せないためとふ意を含む。ししは肉の古字 ◯丘墟不食の地 「あれていたづらなるところ」とくんじてある。人力を加へず、したがつて收穫しゅうかくのない土地 ◯營りて 墓をいとなんで ◯代を易へむ後 後世になるとの意。

〔注意〕このみことのり大化たいか二年三月二十二日に下したまはつた。非常に長文であり、前半は諸人しょにんの墓にかんする規定、後半は舊來きゅうらい弊風へいふうを禁ずるむねせられてあるが、一般に原文にしたがつてつづけてあるので、本篇でもその全部を拜載はいさいした。

【大意謹述】ちんかつて聞いたことだが、支那し なの帝王は、次のやうな意味の內容をつたへて民をいましめたといふことである。いにしえ、死者をほうむる時には、自然と高くなつてゐる場所をえらみ、特に土を盛り上げることも、周圍しゅういに樹を植ゑることもなく、日をちた骨を人目にさらさないためのかん、腐つた身體からだをつつむ著物きものをまとふだけであつたと。このゆえに自分も、墓地をすたれた收穫しゅうかくのない場所に選定して、時をかわれば、何處ど こうずめられたか分からないやうにされたいと思ふ。

【備考】當時とうじ人文じんぶん進歩しんぽと共に葬儀がようやおごりを加へて來ため、厚葬こうそうに過ぎて、いろいろの弊害へいがいかもし出した。孝德こうとく天皇は、これを憂ひ、支那し なの君主の薄葬はくそうを主張した言葉を引いて、臣下しんかいましめ、在來ざいらい弊害へいがいを一掃しようと思召おぼしめされたのである。