6-3 廉節を擧ぐるの詔 繼體天皇(第二十六代)

廉節れんせつぐるのみことのり(第三段)(二十四年二月 日本書紀

朕承帝業於今二十四年。天下淸泰內外無虞。土脈膏腴、榖稼有實。竊恐元元由斯生俗、藉此成驕。故令人擧廉節宣揚大道流通鴻化。能官之事自古爲難。爰曁朕身豈不愼歟。

【謹譯】ちん帝業あまつひつぎくることここに二十四ねん天下てんか淸泰せいたいにして內外ないがいうれいなし。土脈どみゃく膏腴こうゆ榖稼こっかみのれり。ひそかおそるるは、元元げんげんこれりてつねし、これつておごりさむことを。ゆえひとをして廉節れんせつげしめて、大道だいどう宣揚せんようし、鴻化こうか流通りゅうつうせしめむ。能官のうかんことは、いにしえよりかたしとなす。ここちんおよびて、あにつつしまざらむや。

【字句謹解】◯二十四年 このみことのり天皇御宇ぎょう、二十四年春二月に群臣ぐんしんに下された ◯淸泰 天下太平で誰も皇室のこうする者がないこと ◯土脈膏腴 一本にみゃくじょうとなつてゐる。土地が肥えてゐる意 ◯榖稼 五こく、たなつもの ◯元元 おほみたから、おほむたから、すなわち一般國民を指す。百姓ひゃくせい黎庶れいしょ ◯俗を生し 常に天下は太平であり、五こくその他はよく出來ると心がゆるみ、非常時にたいする用意を忘れること ◯廉節 れんは態度がきよ賄賂わいろなどを受つけない意、せつは一定の節操せっそうを持して之を曲げないこと。ゆえにこれを「きよくかたき」とませてある ◯大道 君臣くんしん父子ふ しの道、〔註一〕參照 ◯鴻化 とくを中心として民を感化する ◯能官 適材を適所に置く。

〔註一〕大道 人間の守らなければならない道は所謂いわゆるりんといひ、君臣、父子、夫婦、長幼ちょうよう朋友ほうゆうの間に行はれるものを指す。この五りんの中で何が一番大切かといへば、日本人にとつて第一は君臣の道、第二は父子の道となる。この二つは人間の守る道の中で特に重大であるから大道だいどうといつた。

【大意謹述】ちんが前代の御代み よけて天下に君臨してから、すでに二十四年にもなつた。この間國中くにじゅうは非常によく治まり、外國から侵入される心配もなく、皇室のめいそむく人々もゐない。土地はよく肥え、毎年まいねん豐作ほうさくつづくので、民の生活にも別に差支さしつかえはないと思ふ。ゆえに朕はただ、國民の心がゆるみ、天下太平と知つて風俗を堕落し、豐作ほうさくつづく事に安心して贅澤ぜいたくになりはしまいかと氣になるのみである。この弊害へいがいをふせぐのに最も良い方法は、人々の中から品行ひんこう方正ほうせいな、節操せっそうの固い者をげ、人間の守らなければならない道の中でも、特に君臣くんしん父子ふ し大道だいどうが重要である理由わ けをよく人々に分明わからさせ、全國民が皇室に特に一致するに至るやうさせるにあると考へる。が、適材を適所に置くのはいにしえから困難な仕事だとされてゐる。一歩誤れば、かえつて國を大亂だいらんに導く原因ともならう。朕は今、その難事なんじ仕遂し とげようと決心した。勿論、出來るだけ人選を愼重しんちょうにする必要があるから、汝等なんじらは朕の意をたいし、まんが一にも才能のない者を登用することのないやう注意して欲しい。

【備考】太平が永くつづくと、どうしても、人心じんしんがゆるみやすく、それについて、いろいろの弊害へいがい續生ぞくせいする。繼體けいたい天皇は、天下に先立つて憂ひ、天下におくれてたのしむといふ古人こじんの政治上に於ける理想をそのまま、身に行はれた。したがつて、特に政治の各部面ぶめん擔當たんとうする諸官吏かんりが、廉直れんちょくで、士民しみん安堵あんどせしめるやう、特に御心みこころをつくされた結果、ここみずかはんを示すの思召おぼしめしつたへられたのである。