大日本詔勅謹解2 道德敎育篇 序言

序言

 かつ明治めいじ天皇が『幼學ようがく綱要こうよう』を各地方長官にたまわつたとき、「忠孝ちゅうこうを根本とし、仁義じんぎを重んぜよ」といふ意味を御敎示ごきょうじになつたことは日本の道德どうとく、日本の敎育きょういくをいかに指導すべきかを明かにされたものと拜察はいさつする。その後、敎育きょういく勅語ちょくご渙發かんぱつがあつて、一層、明瞭めいりょう日本にほん精神せいしんを基本とした道德原理及び敎育原理を明示せられた。

 思ふに、日本の道德・倫理・敎育は、すべて國體こくたいを基本として創建せられ、大忠たいちゅう大孝たいこうを以て不滅の原則とする。あるいはこれを忠孝ちゅうこうぽんといひ、或はこれを忠孝ちゅうこう不岐ふ きといふ。要するに、日本國民は一くん萬民ばんみんのもとに、大忠大孝であることによつて、國礎こくそを固め、不斷ふだん發展はってんし、やがては、大義たいぎを四かいくべき一大理想を具現ぐげんすべきとうとい使命のもとにある。

 ところが、一左樣そ うした使命・任務のそんすることを忘れて、西洋の物質文明に心醉しんすいした結果、日本の道德・倫理・敎育を西洋化しようとする不見識ふけんしきを繰返した時代が、あまりに長かつた。かの殺風景な權利けんり思想、また日本國體こくたいと全くあいれない易世えきせい革命の考へ、しくは、絕對ぜったい個人主義を基本とし、知識偏重へんちょうしゅとするところの西洋道德・西洋倫理及び西洋教育は、日本の國民性・傳統でんとう性と合致し得ないてんが、すこぶる多い。のみならず、極端な唯物ゆいぶつ思想に根を置くマルキシズムの如きも、到底、日本精神と一致せぬ多量の不純分子を持つてゐる。更に輕佻けいちょう浮薄ふはくなモダン風景に陶醉とうすいするリベラリズムの如きも、重厚な日本精神と相容れない。

 以上の如きことを十分、考へないで、ただ西洋舶載はくさいのものといへば、これを盲目的に尊重し、西洋本位に道德・倫理・敎育を統一せんとしたのは、ただに神聖な日本の國體こくたい冒瀆ぼうとくするのみならず、合せて純眞じゅんしんな國民性を蹂躙じゅうりんするものとだんじなければならぬ。たんに西洋風の道德・倫理・敎育上の諸說を參考とし、げん取捨しゅしゃ選擇せんたくを加へるならばかく國體こくたい及び國民性を無視して、道德・倫理・敎育の一切を西洋化し、精神的に國をげて西洋の奴隷・臣屬しんぞくたらんとするが如きは、不見識極まるのみならず、時代錯誤の甚だしいものだ。

 したがつて、日本精神の宣揚せんようといふことが、ことに重大な意義をびてくるのである。これを歷代の詔勅ごしょうちょくの上に現はれた道德・敎育についてのおおせを拜誦はいしょうすると、何れも、大忠たいちゅう大孝たいこうを基本とし、確守すべきことを命ぜられてゐる。その大綱たいこう細目さいもくは、明治天皇敎育きょういく勅語ちょくごに、最も明快に、最も適切に敎示せられてゐる。全日本人は、その大理想・大精神を奉じ、飽迄あくまで忠孝ちゅうこうぽんを以て進まねばならぬ。それは、やがて全世界を指導すべき道德の最高原理で大故たいこ大新たいしんの意味をそこに表示してゐる。ここに『道德敎育篇』を執筆したについて、謹んで以上の感想を告白し、國民一般が以上の原理を新しく活かして、日本精神の闡明せんめいにより、世界を指導するに至らんことを念願してやまない。

 昭和八年初冬    高須芳次郞 謹識