101 朝見御儀勅語 今上天皇(第百二十四代)

朝見ちょうけん御儀おんぎ勅語ちょくご(昭和元年十二月二十八日 官報

ちん皇祖こうそ皇宗こうそう威靈いれいリ、萬世ばんせいけい皇位こうい繼承けいしょうシ、帝國ていこく統治とうち大權たいけん總攬そうらんシ、もっ踐祚せんそしきおこなヘリ。舊章きゅうしょう率由そつゆシ、先德せんとく聿修いつしゅうシ、祖宗そそう遺緒いしょおとカランコトヲ庶幾こいねがフ。おもフニ皇祖考こうそこう叡聖えいせい文武ぶんぶもっテ、天業てんぎょう恢弘かいこうシ、うち文教ぶんきょうキ、そと武功ぶこう耀かがやカシ、千ざい不磨ふ ま憲章けんしょうわかチ、萬邦ばんぽう無比む ひ國體こくたいかたクセリ。皇考こうこうつとこころ養正ようせいキ、すなわこころざし繼明けいめいたかクス。不幸ふこう中道ちゅうどうニシテ聖體せいたい不豫ふ よナル、ちん儲貳ちょじもっ大政たいせいせっス。にわか登遐とうかヒテ、哀痛あいつうきわまシ。ただ皇位こういハ一じつこれむなしクスヘカラス。萬機ばんきハ一じつこれはいスヘカラス。かなしみふくいたみいだキ、もっ大統たいとうケリ。ちん寡薄かはくナル、ただ兢業きょうぎょうとして、負荷ふ かおもキニヘサランコトヲおそル。輓近ばんきん世態せたいようやもっ推移すいいシ、思想しそうややモスレハ趣舍すうしゃあいことナルアリ。經濟けいざいとき利害りがいおなシカラサルアリ。よろしまなこ國家こっか大局たいきょくケ、擧國きょこくたい共存きょうぞん共榮きょうえいはかリ、國本こくほん不拔ふばつつちかヒ、民族みんぞく無疆むきょうしげクシ、もっ維新いしん宏謨こうぼ顯揚けんようセンコトヲつとムヘシ。いま世局せいきょくまさ會通かいつううんさいシ、人文じんぶんあたか更張こうちょうあたル。すなわ我國わがくに國是こくぜハ、すすムニリ、あらたニスルニリ。しかシテひろ中外ちゅうがいちょうシ、つまびらか得失とくしつあとかんがミ、すすムヤじょしたがヒ、あらたニスルヤちゅうル。ふかこころもちフヘキところナリ。浮華ふ かしりぞケ、質實しつじつたっとヒ、模擬も ぎいまし創造そうぞうつとメ、日進にっしんもっ會通かいつううんじょうシ、日新にっしんもっ更張こうちょうひらキ、人心じんしんおなシク、民風みんぷうシ、ひろク一同仁どうじんヘ、ながク四かい同胞どうほうよしみあつクセンコト、ちんカ、軫念しんねんもっとせつナルところニシテ、丕顯ひけんナル皇祖考こうそこう遺訓いくん明徵めいちょうニシ、丕承ひしょうナル皇考こうこう遺志い し繼述けいじゅつスル所以ゆえんノモノ、じつここそんス。有司ゆうしちんたいシ、皇祖考こうそこうおよ皇考こうこういたセシところもっテ、ちん匡弼きょうひつシ、ちんこと奬順しょうじゅんシ、億兆おくちょう臣民しんみんともニ、天壤てんじょう無窮むきゅう寶祚ほうそ扶翼ふよくセヨ。

【字句謹解】◯威靈 御威德ごいとくまれる神靈しんれいの義 ◯萬世一系 帝國ていこく憲法けんぽう第一條に『大日本帝国天皇これヲ統治ス』とあり。その淵源えんげん天照大御神あまてらすおおみかみ神勅しんちょく(第一參照)に由來す ◯統治 皇位つて國土および臣民しんみんべ治むること ◯總攬 はすべまとめる、はとり持つ。すなわち統治の大權たいけんを全部まとめてお持ちになること。帝國憲法第四條に『天皇ハ國ノ元首げんしゅニシテ統治けん憲法條規じょうきこれヲ行フ』とあり ◯踐祚 天皇のみくらゐにつかれること。令義解りょうのぎげに『天皇卽位そくいこれをといふ。くらいなり』とみゆ ◯舊章ニ率由 むかしからの典章てんしょうすなわりしたがふ。すなわ皇祖こうそ皇宗こうそう御遺訓ごいくん御掟おんおきてしたがひたまふ意 ◯先德ヲ聿修 皇祖こうそ皇宗こうそう御聖德ごせいとくを模範として、これにしたがおさむる義 ◯遺緒 後世にのこされし事業 ◯皇祖考 御祖父君おんそふのみかどすなわ明治天皇御事おんこと禮記らいき曲禮下きょくらいげに『祭王父曰、王母曰皇祖妣』とみゆ ◯叡聖文武ノ資 書經しょきょう洪範こうはんに『』とあり、めいつうぜざることなき知德ちとく圓滿えんまんの形容語。允文いんぶん允武いんぶといひ、文德ぶんとく武德ぶとくとを指す。御資性ごしせいまたは御性格ごせいかくの意。すなわ明治天皇天性てんせい極めて御聰明ごそうめいで、文武ぶんぶとくを兼ね備へさせられし意 ◯天業ヲ恢弘 天業てんぎょうあまつぎのわざ、天祖てんそ御偉業ごいぎょうすなわち帝國統治の大業たいぎょうをいふ。は大きくしてひろめること。日本書紀神武じんむ天皇前紀に『余謂、彼地必當足以光宅天下』とあり ◯文敎 學術敎育・文物ぶんぶつ制度を指す ◯千載不磨 千ざいは千年で永久の意。不磨ふ ま磨滅まめつしないこと ◯憲章 典章てんしょうに同じく法度はっとと文章すなわ國憲こっけんの事。千ざい不磨ふ ま憲章けんしょうとは帝國憲法を指されしもの。すなわ憲法發布はっぷ詔勅しょうちょくに『現在及ヒ將來しょうらい臣民しんみんたい不磨ふ ま大典たいてん宣布せんぷス』と見ゆ ◯萬邦無比ノ國體 世界に比類たぐいのないわが國體こくたい國體こくたいはくにがら ◯皇考 御父おんちちのみかど、すなわ大正天皇 ◯夙に 早くからすなわち幼少の時から ◯養正 せいやしなふ。易經えききょう彖傳たんでんに『蒙以聖功也』とあり。せい中正ちゅうせいとく君德くんとくの內最も大切なものであつて、わが皇道こうどうの特質の一である。されば神武じんむ天皇建國けんこく大詔たいしょう(第二參照)において『上則答乾靈授國之德、下則弘皇孫之心』と仰せられたのである ◯志ヲ繼明ニ尙クス 易經えききょう彖傳たんでんに『大人以、照于四方』とあり。先王の明德めいとくいで天下に君臨くんりんする意。に就ては、孟子もうし盡心じんしんじょうに『孟子曰、何謂。曰、仁義而已矣』と見え、仁義じんぎの道をみ行つて、德を成すやうに志すことをいふ ◯中道 御在位の中途においての意。論語ろんご雍也篇ようやへんに『子曰、力不足者、而廢』とみゆ ◯聖體ノ不豫 大正天皇御身體ごしんたい御不快ごふかいすなわ御病氣ごびょうきのこと。支那し な古代には帝王の疾病しっぺい不豫ふ よと呼んだ。孟子もうし梁惠王りょうのけいおうに『吾王、吾何以助』とみゆ ◯儲貳 皇太子殿下のこと。皇太子を儲君ちょくん儲貳ちょじなどと申すのは、いずれもきみふくたる意。晉書しんしょ禮志れいしに『所以重、異正嫡』とあり。國典こくてんの用例としては日本紀しょくにほんぎ天平てんぴょう寶字ほうじ六年十月のくだりに『聖武皇帝之日、納夫人生安積親王』と見ゆ ◯大政ヲ攝ス 天皇まつりごととう六典りくてん門下省もんげしょう侍中じちゅうしきくだりに『所謂佐天下而統者也』と見ゆ。は兼ねる又は代るの意。國典こくてんにてもの語は、古く日本書紀まき九、神功じんごう皇后こうごう元年末のくだりに見ゆ。この『大政たいせいせっス』とは、大正十一年、攝政せっしょうの大任にお就きになつたことを指されしもの ◯登遐 天子の崩御登遐とうか登假とうか登霞とうかなどといふ。大正天皇には、大正十五年(昭和元年)十二月二十五日、葉山はやま御用邸ごようていにおいてかみりましたのである ◯皇位ハ一日モ之ヲ曠クスヘカラス 日本書紀仁德にんとく天皇前紀に『先皇謂、』とあり ◯萬機 よろづのまつりごと。萬般ばんぱん國政こくせい書經しょきょうに『一日二日』とみゆ ◯大統 天皇御系統ごけいとうすなわ萬世ばんせいけい皇統こうとう ◯寡薄 きみとして備ふべきとくすくなうすいと謙遜けんそんされしお言葉 ◯兢業 兢兢きょうきょう業業ぎょうぎょうやく。おそれいましめつつしむかたち ◯負荷 荷物の背にあるを、肩にあるをといふ。支那し なの古語によると、父のぎょうを子が繼承けいしょう負擔ふたんする責任をしょうしてといつた。すなわ春秋しゅんじゅう左氏傳さしでんに『其父析薪、其子弗克』とあり ◯輓近 ばんに通ず、近年の意 ◯世態 世の中のありさま、社會しゃかい狀態じょうたい ◯趣舍 趨舍すうしゃに同じく、すうは進む、しゃは止まる、すなわ進止しんし・進退・進歩と保守で、新舊しんきゅう進守しんしゅ互にあいことなる意 ◯無疆 無限に同じく、書經しょきょうの語 ◯維新ノ宏謨 明治維新おおいなるはかりごと ◯世局 世の中の局面・狀勢じょうせい。明治二十二年二月十一日、憲法發布はっぷ御告文ごこくぶんにも『進運しんうんあたリ』とみゆ ◯會通ノ運 易經えききょう繋辭けいじでんに『聖人有以見天下之動、而觀其、以行其典禮』とあり、伊藤いとう東涯とうがいこれにちゅうして『は集まつてしかしてのちに通ずる』と解して居る。は機運。すなわち道德・政治・軍事・經濟けいざい社會しゃかい・思想等の諸問題も、最近大勢たいせいおもむくところも次第に明らかにならうとして、人心じんしんまたようやく安定しようとするにあると仰せられしもの ◯更張 改新して伸長しんちょうすること ◯國是 國家のとしただしとする大方針。五箇條かじょう御誓文ごせいもんによつて知らるる明治維新國是こくぜの如きは、その代表的のものであらう ◯中外 わが國と外國 ◯序ニ循ヒ 正しい順序にしたがひ、一歩一歩ふむべき階段をての意 ◯浮華 浮薄ふはくなると華美か びなると。かるはずみではでやか ◯質實 質素で著實ちゃくじつ ◯模擬 模倣もほうすなわちまねすること ◯創造 新らしく工夫して作り出すをいふ ◯民風 民間における風俗習慣 ◯一視同仁 厚薄こうはくのさべつを立てず、みな一ようにめぐみ愛すること。韓愈かんゆの文に『聖人』とあり ◯四海同胞 四かいは天下、同胞どうほうは兄弟。論語ろんごに出づ ◯丕顯 は大、けんあきらか。おおいに明らかなる義 ◯明徵 ちょうしょうまたはあきらかの意。皇室こうしつ典範てんぱん制定のみことのりにも『よろし遺訓いくん明徵めいちょうニシ』とみゆ ◯丕承 しょうは受けつぐ。大正天皇おおいに受けつがれし御遺志ご い し明治天皇御偉業ごいぎょうをおけつぎになつたので、特にと仰せられたのであらうか ◯繼述 じゅつしたがふ。御遺志をぎ、それにしたがひたまふ義 ◯有司 文武ぶんぶ官吏かんりのこと。古來詔勅しょうちょくにしばしば見ゆ ◯匡弼 は正す、はたすける ◯奬順 すすめ、したがふ。すなわち善をすすめ、これにしたがつて成就じょうじゅせしむること。孝經こうきょう事君章じくんしょうに出づる語 ◯天壤無窮ノ寶祚 天地と共にきはまりなき不動の皇位こういの意で、天照大御神あまてらすおおみかみ神勅しんちょくもとづく語(第一參照) ◯扶翼 二字ともにたすける意。

【大意謹述】ちんはこのたび、わが皇祖こうそ皇宗こうそう御神靈ごしんれい加護か ごによつて、萬世ばんせいけい皇位をうけぎ、大日本帝國を統治する大權たいけん總攬そうらんすることとなり、ここに踐祚せんその式を行つた次第である。いては、皇祖こうそ皇宗こうそうのこされたこれまでの御掟おんおきてや、特に皇室こうしつ典範てんぱん・帝國憲法等の規定や、または敎育にかんする勅語ちょくご戊申ぼしん詔書しょうしょなどの御趣旨ごしゅしによくしたがひ、父祖ふ その方々の御聖德ごせいとくを模範として身を修め、以て祖宗そそう御偉業ごいぎょうを傷つけてはならぬと、深く決心をして居るのである。

 思ふに祖父君そふのみかど明治天皇は、天性てんせい御聰明ごそうめいで、文武ぶんぶの二とくを兼ねそなへさせられ、祖宗そそう大業たいぎょうを一そう擴張かくちょう遊ばされ、國內にあつては、學問敎育を普及して萬民ばんみん智德ちとくを進めたまひ、海外にたいしては、日淸にっしん日露にちろりょう戰役せんえきに連勝して國威こくいを世界に輝やかして帝國の地位を高めたまひ、また明治二十二年には、永遠の生命をもつ大日本帝國憲法發布はっぷして、世界に比類たぐいのないわが國體こくたいの基礎を、ますます固くしたまうたのである。また父君ちちのみかど大正天皇にも、御幼少のころから、君德くんとく御修養ごしゅうよう大御心おおみこころを留められ、皇祖こうそ皇宗こうそうをはじめ明治天皇御明德ごめいとくぎたまふべく、御志みこころざしを高くおもちになつたのであるが、不幸にも、御在位の中途から、御病氣にかからせられ、親しくまつりごとをおとりになることが出來なくなられたので、朕は大正十一年皇太子として、攝政せっしょうの大任についたのであつた。しかるにこのたび、葉山はやま御用邸ごようていに於て、國をげて御平癒ごへいゆをお祈り申しあげた甲斐もなく、にはかに崩御ほうぎょあそばされ、まことに悲しみに堪へないのであるが、皇位は一日もむなしくしがたく、國家の政務せいむは一日もはいすることが出來ないので、朕は限りなきかなしみを胸にいだきながらも、ここに皇統こうとうをついだ次第である。それにつけても、とくうすくとぼしき朕が、あるい父君ちちのみかど大業たいぎょうをうけぐ責任に堪へかねるやうなこともありはせぬかと、ひそかに心痛めて居るのである。

 さて最近における世の中の有樣ありさまをみるに、近年社會しゃかい狀態じょうたい大分だいぶかわつて、政治經濟けいざい社會しゃかい思想の如きもいちじるしく變化へんかし、一方には西歐せいおう思想の影響をうけた急進主義があり、他方にはこれに反對はんたいする現狀維持の保守主義があり、經濟けいざい方面においてもまた、生產と消費、資本と勞働ろうどうとの間などには、時として利害の一致せぬことなどもあつて、いろいろ困難な思想問題や社會しゃかい問題などが多く起り、自然、人心じんしんの不一致や、利害の衝突なども少くないやうで、まことに國家のために憂ふべきことである。それで國民は、自分一個の思想や利害にとらはれないで、國家全體ぜんたいの利害に著眼ちゃくがんし、國民こぞつて同心どうしんたいとなり、すべての人が幸福になれるやうに、共存きょうぞん共榮きょうえいの道をはかり、また質實しつじつ剛健ごうけんなる精神せいしんを養つて國家の根本を堅固けんごにし、日本民族繁榮はんえいをはかると共に、國運こくうん隆昌りゅうしょう萬民ばんみんの幸福を本旨ほんしとする明治維新の大精神を、更に一そう發揚はつようするやうに努むべきである。

 最近における內外の形勢にかんがみるに、社會しゃかいの各方面とも、いろいろ複雜ふくざつな問題が起つては居るが、大局たいきょくからこれをみれば、諸般しょはんの問題もおのずから疎通して、大勢たいせいおもむく筋道は今や次第に定まらうとする機運に向つて居るやうであるし、また從來じゅうらいの文明や文化も不十分であり、つまた弊害へいがいも伴つて居るので、更にこれをめ改めて擴張かくちょうすべき時期にあたつて居るのである。いふまでもなくわが大日本帝國國是こくぜは、五箇條かじょう御誓文ごせいもんなどによつても知らるる通り、日々に進み日々にあらたにする進取しんしゅ・積極主義ではあるが、しかしこれを實地じっちに行ふについては、いたずらに猪突ちょとつ的な盲進もうしんいましめ極端を避け、ひろく內外の歷史の敎訓に照らして、よく利害得失を考へ、つねに正しい順序をふんで進み、中庸ちゅうようしたがつてすべての革新を行ふべきで、このてんは國民が特に充分注意せねばならぬところである。

 これを要するに、輕薄けいはく華美か びの惡風を退けて、質實しつじつ剛健ごうけんの美風を重んじ、すべていたずらに模倣もほうする事を以て甘んぜず、何事でも更に進んでみずから新らしく工夫するやうに努め、日進月歩の進取しんしゅ的態度を以て世局せいきょく疎通の機運にじょうじ、よく社會しゃかいの困難な問題を解決し、また日々れ新たなる元氣を以て、人文じんぶん更張こうちょうの時期を開き、一そう文化を發展はってんせしめ、上下しょうかよく和合わごうし、うちはひろく全同胞どうほうの間に博愛はくあいしゅうに及ぼすの美德をひろめ、そとは異國の民にたいしても、四かい兄弟けいていの親しみを厚くするやうになることは、朕の最も切望するところであつて、祖父君そふのみかど明治天皇御遺訓ごいくんを明白にし、父君ちちのみかど大正天皇がこれをおおいに受けさせられた御遺志ご い しいで、皇祖こうそ皇宗こうそう偉業いぎょうまっとうせんとする道もじつにこのてんにあつて、そのほかにはないと思ふのである。そこで文武ぶんぶの諸官は、右に述べたところの朕の意をよく心得て、祖父君そふのみかどおよび父君ちちのみかどにささげた忠誠ちゅうせいを以てただちに朕の身に致し、もし朕の身にあやまちがあつた場合には、ただちにこれを正して不德ふとくおちいらないやうに助け、また朕の行ふところにしていところは、ますます助長してこれを成就じょうじゅせしめ、わが忠良ちゅうりょうなる億兆おくちょうの國民と心をいつにして、天地とともにきわまりなき皇位を、たすけ盛んにするやうにせよ。

【備考】大正十五年十二月二十五日午前一時二十五分、大正天皇には葉山はやま御用邸ごようていに於て崩御ほうぎょあらせられた。御壽おんじゅ四十八歳。ここに於て皇太子裕仁ひろひと親王しんのうは、皇室こうしつ典範てんぱんの定むるところにしたがつて、の日午前三時十五分、葉山御用邸において、森嚴しんげんなる劍爾けんじ渡御とぎょの式をげられ、人皇じんのう第百二十四代大統たいとうがせたまひ、同時に昭和しょうわ改元かいげん詔書しょうしょはっせられた。越えて十二月二十八日午前十時半、宮中正殿せいでん朝見ちょうけん御儀おんぎを執り行はせられ、文武ぶんぶかんを召して、この勅語ちょくごを下されたのである。この勅語をはいするに、政治・經濟けいざい・敎育・思想の各方面にわたり、聖旨せいしそんするところ、まことに深遠しんえん宏大こうだいにして、昭和維新いしんじつげたまはんとする御新政ごしんせい大本たいほんであると申し上ぐきであらう。

 このみことのり社會しゃかい各般かくはんの問題にわたつて微細にお述べになつて居るが、しかも全般を通じて感ぜられることは、いかにも聖旨せいし雄大ゆうだい高遠こうえんなることである。國體こくたい精華せいか顯揚けんようせよとの堂々たる御宣言、愛國あいこく慈民じみんのあふるる如き御熱情、世局せいきょく疎通そつう人文じんぶん更張こうちょう御敎訓ごきょうくん、積極的進歩主義御明示ごめいじ、平和人道主義御高唱ごこうしょうなど、いづれをはいしてもまこと雄渾ゆうこん壯大そうだいにして、しかも條理じょうり整然せいぜん、一どく油然ゆうぜんとして新たなる元氣がおのずかあがるをおぼえるほどである。ことに『我國わがくに國是こくぜハ、すすムニリ、あらたニスルニリ』と仰せられ、きはめて積極的な進歩主義を御新政の當初とうしょにおいて國民に明示せられて居るが、これは神武じんむ天皇建國けんこく大詔たいしょうにおいて『大人たいじんせいをたつるや、かならときしたがふ』と仰せられて、政道せいどう日々れ新たなるべきむねをお示しになつたのと全く同義とはいすべく、これは建國けんこく以來のわが國是こくぜであつて、五箇條かじょう御誓文ごせいもんまた、この趣旨によつてはっせられたのである。

 また歐洲おうしゅう大戰たいせん後、重要なる社會しゃかい問題となるに至つた思想問題・經濟けいざい問題など時弊じへいについても御憂慮ごゆうりょあらせられ、社會しゃかいの進展するところ、おのずから問題・論議の生ずるのは自然のいきおひであるが、いやしくもわが國家を忘れ、わが國體こくたいに反するやうな詭激きげきな思想は排すべく、つねに大局に著眼ちゃくがんし、冷靜れいせいなる批判のもと中正ちゅうせい健實けんじつなる態度をとり、擧國きょこくたい共存きょうぞん共榮きょうえいの大方針を以て、社會問題解決の根本義こんぽんぎとなし、わが國特有の國民精神せいしん剛健ごうけんならしめ、わが國體こくたいの基礎をますます鞏固きょうこにして、日本民族繁榮はんえいはからねばならぬと仰せられしは注目すべきである。ことに最後の一節においては、陛下御自身の强き御決心を表明せられ、もはや今日こんにちとしては、いたずらに外國文明に心醉しんすいしてこれに盲從もうじゅうするが如き、輕佻けいちょうなる氣風きふうを一そうし、しん大國民だいこくみんたるの自覺じかくを以て、新たなる價値か ちにつとめ、以て世界文化の指導者たらんことを期すべきである。今こそ日本國民が民族的に目ざめ、わが獨自性どくじせいかえつて、擧國きょこくたい、正々堂々世界に向つて一同仁どうじんき、世界の人と同胞どうほうよしみあつくすべき時であると仰せられし如きは、まさ昭和維新に際しての陛下御自身の堅き御決心をお示し遊ばされしものと申し上ぐべく、同時にまた國民全體ぜんたいもかかる高邁こうまいなる決心を以て、奮勵ふんれい努力せよと御激勵ごげきれいあそばされしものとはいすべきである。ことにこの御抱負ごほうふ實現じつげんたまはんがために、深く國民を御信賴ごしんらいあらせられ、百かん有司ゆうし億兆おくちょう臣民しんみんに向つてその扶翼ふよくを望ませられし如きは、まことにかしこきわみと申し上ぐべく、せい皇國こうこくけたる我々日本臣民しんみんは、深くこの聖意せいいたい畢生ひっせいまことを捧げて、聖恩せいおんむくゆるの覺悟かくごがなければならぬ。