98 減租ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

減租げんそ勅語ちょくご(明治十年一月四日 三條實美公年譜)

ちんおもフニ、維新いしんあさク、中外ちゅうがい多事た じ國用こくようじつはかラレス。しかシテ兆民ちょうみん疾苦しっくうちリテ、いま富庶ふしょたくこうむラサルヲあわレミ、さき舊稅法きゅうぜいほうただシテ、地價ち かぶんノ三トナシ、偏重へんちょうカラシメントスいままたしたし稼穡かしょく艱難かんなんさっシ、ふか休養きゅうようみちおもフ。さら稅額ぜいがくげんシテ、地價ち かぶんノ二りんサン。有司ゆうしよろしいた歳出さいしゅつ費用ひよう節減せつげんシテ、もっちんたすクヘシ。

【字句謹解】◯國用 國家の費用、すなわ歳出さいしゅつ ◯貲ル はかる。量る。かぞへる ◯兆民 億兆おくちょうに同じ、くにたみ ◯疾苦 苦痛に同じ。民の貧困にくるしむこと。はなんぎする意。管子かんし小問しょうもんに『牧民者、必知其』とあるはの例 ◯富庶ノ澤 は多くゆたかなる義。恩澤おんたくすなわち富みさかえて物資のゆたかなるよろこび ◯偏重 中正ちゅうせいならず、かたておちで不公平なること。依怙え こ偏頗へんぽに同じ ◯稼穡ノ艱難 農業のくるしみをいふ。書經しょきょう無逸篇ぶいつへんの『先知』に出でし語。榖物をううるをといひ、かりとるをといひ、てんじて農業の義 ◯休養 民力みんりょく休養きゅうようの義で、租稅そぜいかるくして民財みんざいゆたかならしむるをいふ ◯有司 つかさの役人 ◯痛ク はなはだしく、充分に ◯歳出 一年に支出する金 ◯賛ク せつに賛成してたすくる義。

【大意謹述】思ふに明治維新以來まだ日があさく、加うるに內外の事端じたんがすこぶる多いので、國家の費用はいくら必要であるか、計算しきれないほどである。しかしながら、まだ一般に民のとみの程度がひくくて、富裕のめぐみをうくることが出來ず、貧乏に苦しんで居るものが多いといふことであるから、これを救ふために、さきに舊稅法きゅうぜいほうを改正して、地價ち か百分の三となし、民の負擔ふたんを公平ならしめたのであつたが、いま又、農民の苦痛を察し、深く休養の道を考へた結果、更に稅額ぜいがくを減じて地價ち か百分の二分五りんとなし、民の苦しみを除くこととする。それで諸官は、よほど歳出の費用を節減するやうに努め、よくこの意を知つて、朕をたすくるやうにせよ。

【備考】當時とうじはまだ百草創そうそうさいであり、國家萬端ばんたんのことにわたり、建設の途上にあつた明治政府としては、さなきだに歳入さいにゅう不足に苦しんでつたところへ、再度の減租げんそであるから、これは相當そうとうに苦しかつたことと思はれる。しかしながら明治天皇が、窮民きゅうみん賑恤しんじゅつ思召おぼしめしから、へてこれを斷行だんこうせられたのは、一般農民に取つては、ありがたき極みであつたに相違そういない。ほこのみことのり渙發かんぱつされるに至つたのは、明治九年十二月二十九日、大久保利通が、地租ち そ減額の建議けんぎたてまつつたのにたんはっするもので、建議けんぎふところ、すこぶ傾聽けいちょうあたひするものがある。すなわいわ

 當今とうこん、天下の形勢をおもんみるに、人智じんち次第にひらけ、物產ぶっさん次第に起り、商業次第に盛んに、およそ百駸々しんしんとして開明かいめいおもむき、すこぶ國土こくどの進むを見る。これを一しん政化せいかの致す所とふもあざむかざるなり。しかしかして、ひとり農民に至つては、不然しからずいまの進歩を見ざるのみならず、政意せいいまたここに及ぶにいとまなし。ここを以てただ政府をれ恨み、愁訴しゅうそこととす。最近さいきんじつに至つては、所々しょしょ聚衆しゅうしゅう蜂起ほうき人心じんしんみだるるほとんど麻をみだすが如し。如此かくのごときの所以ゆえんの者はなし、地租ち そ民費みんぴのうに厚くして、常に民力みんりょくに堪へざるにるなり。(下略、岩倉公實記。圏點著者)