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88 直言を求むるの詔 後嵯峨天皇(第八十八代)

大日本詔勅謹解1 思想社會篇

直言ちょくげんもとむるのみことのり(寬元三年四月 平戸記)

朕聞。人欲自照。必須明鏡。主欲知過。必藉忠信。雖堯舜禹湯文武之君。諮稷契皐陶伊呂之臣。其君隨諫而聖也。其臣無謟而直也。社稷因竝安全。寰海因茲靜謐。朕以眇身。謬備元首。親萬機之政。迄四廻之年。德不合天。天頻有變。化不合地。地屢有震。咎徵雖間至。祥瑞更不聞。況亦帑藏猶空。乏萬國之貢珍。邦家未治、屬百姓之凋弊。倩思治績。獨勞叡襟。補朕之不逮。憑臣之極諫。宜參議已上。各上封事。凡厥法令之不便於事。勿有所諱。政敎之爲助於化。勿有所除。當率有犯無隱之義。唯盡益國。利民之謀。詞嫌浮華。理納要實。益得忠實。早沃朕之意。

【謹譯】ちんく、ひとみずかてらさんとほっすれば、かなら明鏡めいきょうつ。しゅあやまちらんとほっすれば、かなら忠信ちゅうしんる。ぎょうしゅんとうぶんきみいえども、稷契しょくせつ皐陶こうよう伊呂いりょしんはかる。きみいさめしたがへばせいなり。しんへつらふことければちょくなり。社稷しゃしょくこれりて安全あんぜんに、寰海かんかいこれりて静謐せいひつなりと。ちんびょうたるもって、あやまりて元首げんしゅそなはり、萬機ばんきまつりごとみずからしてより、四かいとしいたれども、とくてんはずして、てんしきりにへんり、はずして、しばしばふるふことあり、咎徵きゅうちょうままいたるといえども、祥瑞しょうずいさらきこえず。いわんや帑藏どぞうむなしく、萬國ばんこくこうちんとぼしく、邦家ほうかいまおさまらずして、百姓ひゃくせい凋弊ちょうへいぞくするをや。つらつら治績ちせきおもひて、ひと叡襟えいきんろうす。ちんおよばざるをおぎなふは、しん極諫きょっかんる。よろしく參議さんぎ已上いじょうをして、おのおの封事ふうじたてまつらしむべし。およ法令ほうれいこと便べんならざるものは、ところあることなかれ。政敎せいきょうたすけすは、のぞところあることなかれ。まさおかすことありて、かくすことなきのしたがひ、くにえきたみするのはかりごとつくすべし。ことば浮華ふ かきらひ、要實ようじつる。ますます忠實ちゅうじつなるをて、はやちんそそげ。

【字句謹解】◯明鏡 くもりなきかがみ。明らかなるかがみ ◯忠信 まごころをつくことばにいつはりなきをいふ。論語ろんご學而がくじへんに『主、無友不如己者』とあり ◯ 支那し な古代の明君めいくん西紀せいき二千年の人。姓は伊祚い さ、名を放勛ほうくんといふ。はじめとう(山東曹州府)にみやこし、のちとう(山西太原府)にうつる。ゆえにまた陶唐とうとうとよぶ。ていとなり平陽へいよう(山西平陽府)に都し、曆象れきしょうを治めて文明にし、仁政じんせい治績ちせき大いにあがる。後世明君めいくんとして尊崇そんそうせらる。丹朱たんしゅ不肖ふしょうなりとして、位をしゅんゆずる(次項參照) ◯ 支那古代の聖主せいしゅ。名を有虞ゆうぐといひ、帝堯ていぎょうゆずりを受けて天子となる(前項參照)。治績ちせきすこぶあがり、後世ぎょう併稱へいしょうして聖君せいくんとなす。子商均しょうきん不肖ふしょうなりとして、位をゆずる(次項參照) ◯ 姓は、名は文命ぶんめいぎょうの時洪水あり、しゅんその位をせっするに及び、用ひられてすいを治め、外に在ること八年、家門かもんを過ぎるも家にらざりしは著名ちょめいである。しゅんほうじてぜんを受け、安邑あんゆう(山邑)に都し、國をごうす。質素をむねとして民力を休養きゅうようし、善政ぜんせいを布き四方とくに服した ◯ しょう成湯帝せいとうていのこと。名をとよぶ。はじめはく(河南省)に都し、德を積み、民心みんしんす。けつ暴逆ぼうぎゃくせいし、諸侯にほうぜられて天子となり、國をしょうごうす ◯諮る 問ひはかる。天子が臣下しんかに問はれるをいふ ◯ 聖天子せいてんしの意。ひじりのきみ智德ちとくすぐれ人格高き君主 ◯謟ふ おもねりへつらふ。屈ししたがふこと ◯ 廉直れんちょくなるをいふ。性行せいこうの潔白にして正しきこと ◯社稷 土地の神をといひ、五こくの神をといひ、むかし支那の天子諸侯は、必ずだんを設けてこれを祭祀さいしした。てんじて朝廷または國家の義にいふ。孝經こうきょうに『保其、而和其民人』とあり ◯寰海 は封建時代における天子の封畿內ほうきないけんをいひ、てんじて境域きょういきの大なるにいふ。海は廣大こうだいの義。すなわち天下、國家のこと ◯静謐 世の中が安らかに治まるをいふ。宋書そうしょ禮志らいしに『江外』とあり ◯眇身 細小なる身といふ謙辭けんじ漢書かんじょ武帝ぶていきに『朕以、託子王侯之上』とあり ◯元首 天子をいふ。書經しょきょう益稷篇えきしょくへんに『明哉、庶事康哉』とみゆ ◯萬機 萬幾ばんきに同じ。おほくのまつりごと。幾微き びつつしむ義。書經しょきょう皐陶謨こうようぼに『兢兢業業、一日二日』とあり。國政こくせいの意 ◯四廻の年 四年の年月としつきまわつたといふ意。卽位そくい以來早くも四年になると仰せられしもの。すなわ後嵯峨ご さ が天皇御卽位ごそくいは、仁治にんじ三年(皇紀一九〇二年、壬寅)一月二十日であるから、このみことのりを下されし寬元かんげん三年(皇紀一九〇五年、乙巳)から逆算すると四年ぜんあたる ◯咎徵 とがめのしるし。凶兆きょうちょう ◯祥瑞 めでたきしるし。よききざし。前項咎徵きゅうちょうの逆。吉兆きっちょう ◯帑藏 かねぐら。貨財かざいををさむるくら。後漢書ごかんじょ桓帝かんていきに『嘉禾生大司農』とあり ◯貢珍 めづらしきみつぎもの ◯凋弊 ちょうはやつれよわる、へいはおとろへつかれる ◯ つらつら、よくよく、念を入れて ◯治績 まつりごとのをさまりたるいさを。政治の成績 ◯叡襟 天子のみこころ。宸襟しんきん叡慮えいりょに同じ ◯逮ぶ およぶ。充ち足るをいふ ◯極諫 てづよくいさめる ◯參議 太政官だじょうかんの職員。大・中納言ぎ、四以上の人これに任ぜられ、大政たいせい參議さんぎした ◯封事 密封して他見たけんせしめず直接君主にたてまつつる意見書。また密封してたてまつ上書じょうしょ ◯法令 法律と命令、おきて ◯便 便利。都合よし、利益りえきのあること ◯諱む み避ける、いみかくす ◯政敎 政治と敎育。まつりごととをしへ ◯浮華 かろがろしくはでやか ◯沃ぐ 水をそそぐやうに、人の心につぎ込んでおしへ導くをいふ。

【大意謹述】聞くところによれば、人が自分の姿をうつすためには、必ず鏡が必要であるのと同じやうに、天子がそのあやまちを知るためには、必ずまごころを以てする臣下しんか諫言かんげんが必要である。支那し な明君めいくん聖天子せいてんしとして有名なぎょうしゅんとうぶんの諸帝でさへも、そのしん稷契しょくせつ皐陶こうよう伊呂いりょ等にはかり問うた。そしてその天子が臣下の正しいいさめにしたがへば聖天子であり、またその臣下がおもねりへつらふことなく、信ずるところをまつすぐ天子に直言ちょくげんすれば、それは廉直れんちょく忠臣ちゅうしんであり、國家はこれによつて富みさかえ、天下はこれによつてやすらかに治まるといふことである。ちんとくうすくとぼしき身を以て、あやまつて天子の位に上り、萬機ばんきまつりごとみずからして以來、早くも四年(仁治三年卽ち皇紀一九〇二年―寬元三年卽ち皇紀一九〇五年)にもなるが、いまだに朕のまごころが天地てんち神明しんめいに通じたいためか、近年しきりに天災てんさい地變ちへんが起り、地震などまであつて、いろいろととがめのしるしはあるが、めでたいしるしは少しも見えない。その上にまた、財政困難のために國庫こっこはほとんどからとなり、諸國の珍らしいみつぎものなく、國家の政治もよくとどかず、民は衰へ疲弊ひへいして居るやうな狀態じょうたいである。つらつらこの有樣ありさまをみて、朕のまつりごと治績ちせきを考へるとき朕は心配でならぬ。朕の足らないところをおぎなふのは、臣下の强硬きょうこう諫言かんげんであるから、參議さんぎ以上の諸官をして、この際各自封事ふうじたてまつらしめるやうにせよ。およそ法律・命令等にして、民の利益りえきにならぬことは、みかくすところなく上申じょうしんし、政治や敎育や德化とっかの上にためになることは、除かないやうにし、いはゆる『あやまちおかすも、ことばかくさず』といふことばの通り、遠慮するところなくその所信しょしんべて、國をえきし民を利するためのはかりごとつくすやうにせよ。ほその文章は、浮華ふ かをさけて簡明かんめい率直そっちょくな言葉を用ひ、道理は空理くうり空論くうろんでなく、實際じっさい的の大切なことを述べたものをるであらう。この國難こくなんあたり、諸官はますます忠實ちゅうじつしんとなり、はやく朕の心をやすんずるやうにせよ。