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86 服御を減じ年料を省くの勅 宇多天皇(第五十九代)

大日本詔勅謹解1 思想社會篇

服御ふくぎょげん年料ねんりょうはぶくのみことのり(寬平八年十月 本朝文粹)

朕去仁和五年二月二十日。服御常膳。務從省約。所司准舊。四分減一服。心不兼心。慮無再慮。願擧塵露之積。將成禮節之和。豈圖水旱兵疫年頻有災。諸國自闕調庸。百官隨無俸祿。不怨天不尤人。不嫌鬼不責神。朕之無道獨自取之。今重減服御三分之一。新省年雜物之半。其餘用度中分以折。百姓單寒。朕不忍見。旣無謀於富國。唯合體於貧民而已。布告內外。知朕意焉。

【謹譯】ちんいんぬ仁和にんな五年二月二十服御ふくぎょ常膳じょうぜんつとめて省約せいやくしたがはしむ。所司しょしきゅうじゅんじ、四ぶんして一ぷくげんぜり。こころこころねず、おもいおもいふたたびせず。塵露じんろせきげんことをねがひ、まさ禮節れいせつさんとせり。はからんや、水旱すいかん兵疫へいえきとししきりにわざわいあり。諸國しょこくおのずか調ちょうようぎ、百かんしたがつて俸祿ほうろくなし。てんうらまずひととがめず、かみうたがはずかみめず、ちん無道ぶどうひとみずかこれるのみ。いまかさねて服御ふくぎょの三ぶんの一をげんじ、あらたとし雜物ざつぶつなかばはぶき、用度ようど中分ちゅうぶんしてもっせっせよ。百姓ひゃくせい單寒たんかんちんるにしのびず。すで富國ふこくはかりごとなし、てい貧民ひんみんがっせんのみ。內外ないがい布告ふこくして、ちんらしめよ。

【字句謹解】◯仁和五年 寬平かんぴょう改元元年己酉つちのととり(皇紀一五四九年)にして、このみことのりを下されし寬平かんぴょう八年(皇紀一五五六年丙辰)より七年ぜんなり ◯服御常膳 天子のもちひになる衣服いふく調度ちょうどつね御膳ごぜんのもの ◯省約 はぶきつづまやかにする ◯所司 つかさの役人。後世、侍所さむらいどころの次官もしくは長官をと呼んだがここではたんにつかさの役人をいふ ◯塵露之積 ちりつゆのやうな微細びさいなものを積みかさねて效果こうかをあげる意、に同じく、おのれのすることを卑下ひ げしていふ。微力と同義 ◯禮節 禮儀れいぎ節度せつど ◯水旱 おほみづとひでり、洪水と旱魃かんばつ ◯兵疫 兵禍へいか疫病えきびょう ◯調・庸 いづれも已註いちゅう調は第二十の〔註二〕を、は第四十三の〔註一〕をみよ ◯俸祿 ふち、扶持ふ ち ◯ 鬼神きじん。人に害をあたへる惡神あくしんいん靈神れいしんとして祭る亡靈ぼうれい ◯無道 道德にそむく惡行あくぎょう、道にはづれたおこなひ ◯雜物 諸雜費ざっぴをいふ ◯用度 いりめ、入費にゅうひ ◯折す 折半せっぱんする、二つにわける ◯百姓 屢註るちゅう。もろもろのくにたみ ◯單寒 運命單薄たんぱくにして貧しきをいふ、に同じ。ひんと同義で意にあらず、用例としては史記し き范睢傳はんすいでんに『范叔一如此哉』とあり。

【大意謹述】去る仁和にんな五年二月二十日、みことのりしてちん服御ふくぎょつねぜんは、なるべく省略するやうにせよと命じたのであるが、かかりの役人は、前例にしたがつて四分の一を減じた。朕微力にして、民のを除き得ないことを思へば、心つねにやすからず、たとへちりつゆほどの小さいことでも、民の幸福をはかることであれば行ひたいと思ひ、さきに服御ふくぎょ常膳じょうぜん省約せいやくを命じたのであつた。そしてやうやく、衣食いしょくつて民も禮節れいせつを知るやうになり、いくらか世の中が明るくなつて來たかと思はれたのに、近來またまた思ひがけなく、洪水おおみず旱魃ひでり兵禍へいか疫病はやりやまいなどのわざはひがしきりに起り、榖物はみのらず、諸國の調ちょうようも納まらず、したがつてまた百かん俸祿ふ ちも、思ふやうには支給できないといふ有樣ありさまである。しかしかやうになつたのは、天をうらむこともできねば、人をとがめてもならぬ、また鬼神きしんを疑ふべきでもなく、神をむべきでもない。ただ朕の不德ふとくの致すところであつて、このせめは朕ひとりこれを負ふべきものである。朕、民のこの貧苦ひんくをみるに忍びないので、更にまた服御ふくぎょの三分の一をへらし、あらたに一年の諸雜費ざっぴの半分をはぶくやうにし、そのほか用度いりめはこれを折半せっぱんするやうにせよ。くにたみさかえるためのはかりごとは決して他にはない。ただきみと民とがたいを合はせ、心を一にすることだけである。あまねく國中くにじゅうにこれを布告ふこくして朕の意をよく知らせるやうにせよ。