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84 禁野に樵蘇するを聽すの勅 陽成天皇(第五十七代)

禁野きんや樵蘇しょうそするをゆるすのみことのり(元慶七年十二月 三代實錄)

禁野之興。非妨民業。至于草木。素不拘制。嘉祥三年四月二十六日。今年正月二十一日頒告訖。而預人等。假託威勢。矯峻法禁。或駈略牛馬。忽無放牧之便。或奪取鎌斧。遂失樵蘇之利。宜重下知。勿便令然。猶致侵擾。必處重科。國司許容。亦與同罪。

【謹譯】禁野きんやおこるは、民業みんぎょうさまたぐるにあらず。草木そうもくいたつては、もとよりせいかかわらざることは、嘉祥かしょう三年四月二十六日、今年こんねん正月しょうがつ二十一日頒告はんこくおわんぬ。しかるにあずかびと威勢いせい假託かたくして、法禁ほうきん矯峻きょうしゅんし、あるい牛馬ぎゅうば駈略くりゃくして、たちま放牧ほうぼく便べんにし、あるいかまおの奪取びだっしゅして、つい樵蘇しょうそうしなはしむと。よろしくかさねて下知げ ちして、さらしからしむることかるべし。侵擾しんじょういたさば、かなら重科じゅうかしょせよ。國司こくし許容きょようせば、とも同罪どうざいとせよ。

【字句謹解】◯禁野 中古、天皇御獵場ごりょうじょうとして、私人しじん狩獵しゅりょうを禁じたる山野さんやをいふ ◯制に拘らず 禁制に關係かんけいがない。法にれない意 ◯嘉祥三年四月二十六日 文德もんとく天皇の『山野さんやきんかんするみことのり』を指す。詳くは第七十八を參照せよ ◯正月二十一日頒告 三だい實錄じつろく第四十三卷、陽成びようぜい天皇元慶げんきょう七年正月戊子つちのえねの二十一日のくだりに『制伊勢・近江・丹波獵之事』とあるを指す。わかち告げること ◯威勢 勢ひをかつて威張い ばる ◯假託 かこつける、ことよせる ◯法禁 さしとめのおきて、法による禁制 ◯矯峻 いつはりめてきびしくする ◯駈略 おびやかしてかすめ取る。は追ひたてる。りゃくに同じくかすめとる義 ◯放牧 牛馬等をはなしがひにする ◯樵蘇 木をきるをといひ、草を刈るをといふ。又きこりと草かりと ◯下知 しものものに知らせる、言ひつける ◯侵擾 をかしみだす ◯重科 おもい刑罰 ◯國司 已註いちゅう。第二十一の〔註一〕をみよ ◯許容 容認して許可する。ゆるしみとめる。

【大意謹述】禁野きんやの制度は、もともと民のわざを妨ぐべきものではない。禁野內でりょうをすることは禁じてあるが、草や木をきることはもとより少しも差し支へないところで、そのことはすでに嘉祥かしょう三年四月二十六日と、今年(元慶七年)正月二十一日の兩度りょうどに、一般に告げ知らせた通りである。しかるに禁野の保管人どもは、自分がこれを預つて勢ひをもつて居るのにじょうじ、禁制おきてめいつはつてきびしくし、あるい牛馬ぎゅうばを追ひたてかすめとつて、放牧ほうぼくが出來ないやうにしたり、或はまた禁野內に入るものがあれば、かまおのを奪ひ取つて、きこりや草かりの妨害をするものもあるといふことである。はなはだ不都合な次第で、重ねて右の旨をよく下々しもじも一般に告げ知らせ、今後は決してかやうなことがないやうにせよ。それでもめいに反して、おかしみだすものがあつたならば、重い刑罰を以てこれを處斷しょだんせよ。もしまた國司こくしが、このじょうを知つて許容して居るものがあつたならば、これまた同罪として重く罰せよ。

【備考】このみことのり山城やましろ・大和・河內・和泉・攝津せっつ・伊勢・近江・美濃・丹波・播磨・備前紀伊等の百姓ひゃくせい禁野きんやないに於て樵蘇しょうそするをゆるすために、元慶げんきょう七年十二月甲寅きのえとらの二十二日を以て下されたものである。本勅ほんちょくに『嘉祥かしょう三年四月二十六日頒告はんこく云々うんぬんとあるは、文德もんとく天皇の『山野さんやきんかんするみことのり』(第七十八參照)を指されしものであつて、右は三代格だいきゃく十六にするところである。また嘉祥かしょう三年(皇紀一五一〇年、庚午)四月二十七日の太政だじょう官符かんぷに『應禁制山野、不失民利事』とあり、日に一日の差があり、文また相違そういせることは、すでに第七十八の「備考欄」に於てける通りである。

このみことのり御趣旨ごしゅしは、禁野きんやの管理人どもが、その地位や權勢けんせいを利用して、民のわざをことさらに妨害せるを禁ぜられたのである、みことのり中『禁野きんやおこるは、民業みんぎょうさまたぐるにあらず』と仰せられて、本來、禁野の設置が、民のわざを妨害する範圍はんいにまで及ぶべきものでないといふことを、はつきりお示しになつたところに、重大な御意義ご い ぎのあることをはいすべきである。