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83 雨害存恤の勅 淸和天皇(第五十六代)

大日本詔勅謹解1 思想社會篇

雨害うがい存恤そんじゅつみことのり(貞觀十一年十月 三代實錄)

妖不自作。其來有由。靈譴不虗。必應粃政。如聞。肥後國迅雨成暴。坎德爲灾。田園以之淹傷。里落由其蕩盡。夫一物失所。思切納隍。千里分憂。寄皈牧宰。疑是皇猷猶鬱。吏化乖宜。方失毗心。致此變異歟。昔周郊偃苗。感罪己而弭患。漢朝壞室。據脩德攘灾。前事不忘。取鑒在此。宜施以德政。救彼凋殘。令太宰府。其被灾害尤甚者。以遠年稻榖四千斛。周給之。勉加存恤。勿令失職。又壞垣毀屋之下。所有殘屍亂骸。早加收理。不合曝露。

【謹譯】ようみずかつくらず、きたるやゆえあり。靈譴れいけんむなしからず、かなら粃政ひせいおうず。くならく、肥後ひ ごくに迅雨じんうぼうし、坎德かんとくわざわいし、田園でんえんこれもっ淹傷えんしょうし、里落りらくれにつて蕩盡とうじんすと。れ一ぶつところうしなふも、おも納隍のうこうせつなり。千里せんりうれいわかち、牧宰ぼくさい寄皈き きす。うたがふらくは、皇猷こうゆううつとして、よろしきにそむき、まさ毗心ひしんうしなひ、變異へんいいたせるにあらずやと。むかし周郊しゅうこうなえたおれしも、おのれつみするにかんじてうれいみ、漢朝かんちょうしつこぼてるは、とくおさむるにつてわざわいはらひしなり。前事ぜんじわすれず、かんることここり。よろしくほどこすに德政とくせいもってし、凋殘ちょうざんすくひ、太宰府だざいふをして、灾害さいがいこうむることもっとはなはだしきものは、遠年えんねん稻榖とうごく四千ごくもって、あまねこれきゅうし、つとめて存恤そんじゅつくわへ、しょくうしなはしむることなからしむべし。また壞垣かいえん毀屋きおくもとらゆる殘屍ざんし亂骸らんがいは、はや收埋しゅうまいくわへ、曝露ばくろはせざれ。

【字句謹解】◯ わざはひ、あやしいこと ◯ よつてきたるわけ、因緣いんねん、理由 ◯靈譴 天地神明しんめいのとがめ ◯ むなし、きょに同じ ◯粃政 わるい政治、枇政ひせいに同じ ◯迅雨 はげしく降る雨をいふ ◯坎德爲灾 水害をいふ。は水の意、すなわ易經えききょうに『也』とあり ◯淹傷 水にひたされてそこなはれること、水害をうけるをいふ。はひたる、水につかる意 ◯里落 むらざと、村落そんらく里邑りゆう ◯蕩盡 すつかり荒しつくされて何もなくなるをいふ ◯一物失所。思切納隍 文選もんぜん東都賦とうとのふに『人或、若已之於』とあるに出づ。はからぼり、水の無い城池しろいけをいふ ◯千里分憂 遠國えんごくの不幸にもうれひをわかつ意。晉書しんしょ武帝ぶていきに『黄初五年、天子南巡帝(武帝)留鎭許昌、加給事中、錄尙書事、帝、固辭、天子曰、吾於庶事、以夜繼晝、無須臾寧息、此非以爲榮、乃耳』とあり、また黄帝こうてい堅詩けんのしに『去國雖卽近君』と見ゆ ◯牧宰 地方の長官をいふか ◯皇猷 帝王のはかりごと。天皇の道、皇謨こうぼに同じ ◯ こもりふさがる、むすぼれとどこほる ◯吏化 官吏かんり敎化きょうか ◯毗心 はたすけえきする義、民の福利ふくり增進ぞうしんをはかる心 ◯變異 天をいふ ◯周郊偃苗。感罪己而弭患 しゅう成王せいおう管叔かんしゅく流言りゅうげんに迷つて、しゅう公旦こうたんを疑つたところが、天大いに雷電らいでんし、風吹いてことごとるるに至る。成王せいおう恐れをなし、金縢きんとうの書をひらいて見て、はじめて周公しゅうこう誠忠せいちゅうを知り、おのれを責めたところが、天たちまち雨を降らして風をかえし、なえことごとく起きたといふ故事を指されしもの。書經しょきょう金鰧きんとうつまびらかにせあり ◯漢朝壞室云云 出典不明、恐らくは私記し きに『後漢獻帝初平四年三月、長安宣平城門外屋自壞』とあるを指すか ◯ かがみ、てほん、いましめ ◯德政 仁德じんとくによる政治、めぐみ深きまつりごと。後世債權さいけん債務さいむを消滅する制をいふも、ここでは勿論前者の義 ◯凋殘 生氣せいきが衰へむごたらしくなる、衰微すいびして弱ること ◯太宰府 已註いちゅう。第三十七の〔註一〕をみよ ◯ 量目りょうめの十倍すなわち一こく ◯存恤 もんやく、とひめぐむこと。漢書かんじょに『所從老弱』とあり ◯壞垣 こはれたかきね ◯毀屋 こはれた家 ◯殘屍 むごたらしきしかばね。放置されあるむくろ ◯亂骸 みだれた骸骨がいこつ ◯收埋 とりあつめて埋葬する ◯不合曝露 雨風にさらさないやうにせよの意。原本に作る、六國史りくこくし及び諸本によって改む。

【大意謹述】わざはひといふものは、決して偶然に起るものではなく、それには起るべき相當そうとうの理由が有つて起るのである。政道せいどうそのよろしきを得なければ、必ず天地神明しんめいとがめが、それにともなつて起るのである。聞くところによれば、このごろ肥後ひ ごの國に大雨が降り、河川が氾濫して、田やはたけは荒され、村里は洗ひ流され、民は非常に困つて居るといふことである。民が一もつでも失ふのは、畢竟ひっきょうずるにちん不德ふとくの致すところであつて、まことに不憫ふびんな次第である。民の不幸に際しては、たとへ千里を隔てた遠い所に起つたわざはひであつても、朕も共にそのうれひをわかつべきで、國司こくし郡司ぐんじの地方官に期待するところが、特に大である。このわざはひを聞くにつけても、あるいは朕の政治がわるくてその德が民に及ばず、或はまた官吏かんりが民の福祉ふくしをはかる心を失ひ、敎化きょうかよろしきを得なかつた結果、かやうなことが起つたのではないかと、疑はざるをえない。むかししゅう成王せいおうは、管叔かんしゅく流言りゅうげんに迷はされて、しゅう公旦こうたんを疑つたために、天雷電らいでんして苗をたおしたが、金縢きんとうの書によつて周公しゅうこう誠忠せいちゅうを知り、おのれを責めたために天やわらぎ風やんで、たおれた苗がまた再び起き上つたといふことである。またかんちょうに、長安ちょうあん宣平城せんぺいじょう門外もんがいの家屋を自らこわしたのも、德を修むることによつて、わざはひをはらふためであつた。むかしのことであつても、かやうなよいことは忘れず、取つて以てかがみとなすべきである。それで情けぶかい仁德じんとくによる政治をいて、災難のために衰へ弱つて居る民を救ふやうにせよ。太宰府だざいふに命じて、罹災者りさいしゃのうち特に被害のはなはだしかつたものを調べさせ、そのものには、今後四千ごくいねをもれなく支給して、できるだけ保護を加へてやり、職を失はせないやうにせよ。またこわれたかきねや、家屋の下敷きなどになつて放置されて居る死骸なども、なるべく早く取り出して、丁寧に埋葬してやり、雨風にさらすやうな目などに合はせてはならぬ。