82 服御常膳を減じ慈雨を祈るの詔 淸和天皇(第五十六代)

服御ふくぎょ常膳じょうぜんげん慈雨じ ういのるのみことのり(貞觀十一年六月 三代實錄)

朕聞。上天不能獨理。故立君以司牧。君道無忒。則玉燭均調。時政失宜。則陰陽乖隔。遠稽帝典。遙計皇猷。重規疊矩。未有違之者。朕以菲虛。嗣守鴻業。德慙寶露。勤切宵衣。常願令世同於東戸。彘犬得吐菽粟。而今旱雲渉旬。農民失望。班幣以遍群神。屈僧以祈三寶。雖然冥感未通。嘉應難至。朕之不德。百姓何辜。責躬寅畏。未知攸濟。其朕服御常膳等物。並宜減撤。左右馬寮秣榖。一切權絕。令左右京職。收葬道殣。掩骼埋胔。又恐圄犴之中。如有寃結。宜遣使者。勤加申理。天安二年以往。調庸米未進在民身者。皆從蠲除。方冀精誠感應。遍鴻霈於崇朝。榖稼豐登。欣京坻於急景。布告遐邇。俾知朕意。

【謹譯】ちんく、上天じょうてんひとおさむることあたはず、ゆえきみててもっぼくつかさどらしむ。君道くんどうたがふことければ、すなわ玉燭ぎょくしょくひとしく調ととのひ、時政じせいよろしきをうしなへば、すなわ陰陽いんようそむへだたると。とお帝典ていてんかんがへ、はるかに皇猷こうゆうはかるに、かさかさぬるがごとく、いまこれたがふものらず。ちん菲虛ひきょもって、鴻業こうぎょう嗣守ししゅし、とく寶露ほうろぢ、つとめ宵衣しょういせつなり。つねをして東戸とうこおなじくし、彘犬ていけんをして、菽粟しゅくぞくくをしめんとねがふ。しかるにいま旱雲かんうんじゅんわたり、農民のうみんのぞみうしなふ。へいわかち、もっ群神ぐんしんあまねくし、そうくっしてもっ三寶さんぽういのる。しかりといえども、冥感めいかんいまつうぜず、嘉應かおういたがたし。これちん不德ふとくにして、百姓ひゃくせいなんつみあらんや。めてつつしみおそれ、いまところらず。ちん服御ふくぎょ常膳じょうぜんとうものならびよろしく減撤げんてつすべし。左右さゆう馬寮めりょう秣榖まっこくは、一さいかりち、左右さゆう京職きょうしきをして、道殣どうきんおさほうむり、かくおおうずめしめよ。また圄犴ごかんうちえんむすばるるものあるをおそる。よろしく使者ししゃつかはし、つとめて申理しんりくわふべし。天安てんあんねん以往いおう調庸米ちょうようまい未進みしんたみものは、みな蠲除けんじょしたがへ。まさこいねがはくば、精誠せいせい感應かんおうして、鴻霈こうはい崇朝しゅうちょうあまねくし、榖稼こっかゆたかみのりて、京坻けいち急景きゅうけいよろこばしめんことを。遐邇か じ布告ふこくして、ちんらしめよ。

【字句謹解】◯上天 天の神、上帝、天帝に同じ ◯理む 物ごとのすぢみちを正し治める、ととのへる ◯立君以司牧 左傳襄さでんじょう十四年に『天生民而、使之』とあり、天子を立てて民を治めつかさどらしむる義。原本に作る、六國史りくこくしよって改む ◯君道 人君じんくんたるの道 ◯忒ふ たがふ、ちがふ、相違そういすること ◯玉燭 四時しいじの氣候がよく調和して光明こうみょうあるをいふ、爾雅じ が釋天しゃくてんに『四時和謂之』とあり ◯時政 その時のまつりごと ◯陰陽 易學えきがく上の語、天地間の萬物ばんぶつをつくり出す二つの。第四十二の字解欄に詳說しあり ◯乖く そむく、相反あいはんする。原本に作る。六國史りくこくしよって改む ◯帝典 帝王の經典けいてん ◯皇猷 帝王のはかりごと、天皇の道。皇謨こうぼに同じ ◯重規疊矩 郤正げきせい釋議しゃくぎに『動若、靜若』とあり、よく一致するをいふ。はぶんまはし、圓形えんけいえがく道具。はさしがね、方形ほうけいえがく道具。又共にの意あり ◯菲虛 うすくしてむなし、とくうすさいむなしき意 ◯鴻業 大いなる事業、帝王の業をいふ ◯嗣守 うけいで大切に守る ◯寶露 拾遺記しゅういきまきの一に『有丹丘之國獻碼碯甕、以盛甘露。當黄帝時、碼碯甕至堯時、猶存甘露在其中、盈而不竭、謂之』とあり、すなわ丹丘たんきゅうの國から獻上けんじょうせし碼碯甕めのうのかめに盛りたる甘露かんろといふ。原本に作る、六國史りくこくし及び諸本によって改む ◯宵衣 夜のまだ明けぬうちに衣をる、てんじて天子が政治に勤勞きんろうせらるるをいふ。唐書とうしょ劉蕡傳りゅうふんでんに『任賢惕厲、旰食』とあり ◯東戸 政治のよくとどける世をいふ。東戸とうこ季子き しの世に人々道におちたるを拾はざりし故事に出づ。淮南子えなんじ繆稱訓りょうしょうでんに『季子之世、道路不拾遺』とあり ◯彘犬吐菽粟 淮南子えなんじ覽冥訓らんめいくんに『黄帝治天下、而力牧太山稽輔之、狗於路、而無忿爭之心』とあるを指されしもの。はゐのこ、は豆。全體ぜんたいの意は、黄帝こうていの時にはくにみ榖物がゆたかで、犬でさへも口にしたあわを吐き出して他の犬にあたへ、少しもあらそはなかつたことをいふ ◯旱雲 ひでり、旱天かんてんに同じ ◯旬に渉り 十日間をといふ、ここではひでりがにわたつたといふ意 ◯ ぬさ、神にささぐる禮物れいもつにぎて ◯三寶 ぶつほうそうといふ。ただしここではたんにほとけの意 ◯冥感 神明しんめいが感動するをいふ。晉書しんしょ孝友傳こうゆうでんに『劉殷至孝』とあり ◯嘉應 よき感應かんおう、めでたいしるし ◯ つみ、とが ◯寅み つつしみ、敬ひつつしむをいふ。書經しょきょう舜典しゅんてんに『夙夜惟』とあり ◯ ところ、助語じょごに同じ ◯服御常膳 天子の用ひられる衣服調度ちょうど及びつね御膳ごぜんのもの(御食事)をいふ ◯減撤 あるいは減じ或は撤去する。すなわ適宜てきぎへらしたりとりやめたりする意 ◯左右馬寮 大寶令たいほうりょうによる官職で、又はといふ。左右の二りょうあり、官馬かんば敎調きょうちょう、馬具及び諸國の牧場ぼくじょうの馬を統轄とうかつせる役所 ◯秣榖 まぐさ、かひば、また馬の飼料かいりょうとする榖物 ◯右京職 とは平安京內の行政を統轄とうかつせる役所で、左右りょう京に各一つづつあり、みさとのつかさとも呼んだ。京師けいし分管ぶんかんし、司法警察以下、京中けいちゅう庶政しょせいつかさどり、東西市司し しは之にぞくした ◯道殣 ゆきだふれ、路上に餓死する人。きんは餓死するをいふ。左傳さでん昭公しょうこう二年に『相望』とあり。原本に作るも誤謬ごびょうに就き訂正す ◯掩骼埋胔 禮記らいき月令げつれい孟春もうしゅんに出づる語。音義おんぎに『露骨曰、有肉曰』とあり、すなわ死屍しかばねの意 ◯圄犴 ひとや、牢獄、村里そんりにある監獄 ◯ 無實むじつの罪、なきとが、ぬれぎぬ ◯申理 訴訟の是非ぜ ひ曲直きょくちょく審理しんりする ◯天安二年 皇紀こうき一五一八年にあたりこのみことのりを下されし貞觀じょうがん十一年(皇紀一五二九年)より十一年ぜん ◯調・庸 已註いちゅう調は第二十の〔註二〕を、は第四十三の〔註一〕を參照せよ ◯未進 未納に同じ ◯蠲除 のぞく、免除に同じ ◯精誠 精神せいしん誠意せいい、まじりけのないまごころ、班彪はんぴょう王命論おうめいろんに『通於神明』とあり ◯感應 こたへ、神佛しんぶつにまごころが通じたこたへ ◯遍鴻霈於崇朝 大雨たいうは夜明けから朝食時までの間をいふ、終朝しゅうちょうに同じ。すなわ慈雨じ うただちに降つてあまねめぐみをれよとの意 ◯榖稼 たなつもの、榖物、稻榖とうごくの意 ◯欣京坻於急景 は榖物の收穫しゅうかく豐富ほうふにして、丘陵きゅうりょうのやうにうづ高く積めるをいふ。も共にきゅうの意。詩經しきょう小雅しょうが甫田章ほでんしょうに『曾孫之庾如』とあり。光陰こういん迅速じんそくなるをいふ。すなわち近いうちに豐年ほうねんよろこぶやうにしたいものであるとの意。原本に作る、六國史りくこくしその他諸本によって改む ◯遐邇 遠きと近きと、遠近、國中こくちゅうにの意 ◯布告 ひろくき示して知らせる。

【大意謹述】聞くところによれば、天帝てんていみずから國を治めることは出來ないので、天子を立てて民を治めつかさどらしめ、人君じんくんたるの道が、正道せいどうにたがふことがなければ、四時しいじの氣候がよく調和して榖物たなつものもみのるが、時のまつりごとがよろしきを得ない場合には、天地の和合わごうが破れて、天候や季節が不順になるといふことである。なるほど古來の帝王の經典きょうてんや、帝王の道にこれを考へ合せてみるのに、よく一致して少しもたがふところがない。ちんとくうすくさいとぼしき身を以て、天子の位にのぼり、祖宗そそう大業たいぎょうをうけいで以來、いかにこれを守り維持すべきかに心をくだいて居る。むかし支那し なにおける寶露ほうろの故事などを聞いては、朕の不德ふとくはずかしく思ひ、朝はまだ明けぬうちに衣をて、夕べは陽暮れてのち食をとり、ひたすら政務にいそしんで居る次第である。そして、むかし季子き しの世に人人ひとびと道におちたるを拾はなかつたといふ東戸とうこと同じやうに、わが治むる民をも敎化きょうかしたいと思ひ、また黄帝こうていの時には國富み榖物ゆたかで、犬でさへも口にしたあわを吐き出して他の犬にあたへ、少しもあらそはなかつたといふが、朕の治むる國もこれに劣らないやうに富みさかえさせたいと、常に念じて居るのである。しかるにこのごろ天候が不順でひでりがつづき、雨の降らないことがもはやすう十日に及び、農民はほとんど絕望ぜつぼうして居るといふことである。そこで、もろもろの神をまつり、また僧侶をして佛天ぶってんに祈らせ、速やかに慈雨じ うのいたるを祈願したのであるが、いまだ朕のまごころが神佛しんぶつに通じないためか、今日こんにちにいたるも雨が降らず、民のうれひをのぞくことが出來ない。これは全く朕の不德ふとくの致すところであつて、民には何のつみもなく、朕みづからを責めて、深くおそれつつしみ、ほとんどなすところを知らない有樣ありさまである。

 それで今後は朕の衣服いふく調度ちょうどつねぜんは、適宜てきぎにへらすやうにし、不必要なものはなるべく取り止むるやうにせよ。左右さゆう馬寮めりょう秣榖かいばは、榖物を使用することは當分とうぶんのあひだ、一切これを禁じ、左右の京職みさとのつかさは、それぞれ受持うけもち地區ち くにおける行路こうろ病者びょうしゃを救ひ、路上に餓死せるものを、丁寧に埋葬せよ。また牢獄ひとやにつながれて居るものが、或は無實むじつの罪に問はれはせぬかと心配されるので、特に使者つかはして、公正なる審理さばきを遂げさせるやうにせよ。ほまた、天安てんあん二年以降の調庸米ね ん ぐを納めてゐない者の中で、自分の手元にまだそれを持つて居るものにたいしては、一切その上納じょうのうを免除するやうにせよ。かくて、朕の精神せいしん誠意せいい神佛しんぶつに通じ、速やかに喜びの慈雨じ うが降つて、あまねく諸國に天のめぐみが及び、きたるべき秋のとりいれの時には、京坻お かのやうにうづたかい收穫しゅうかくがあり、官民かんみんともに豐年ほうねんを喜び合ふことが出來るやうにしたいものである。よくこの旨を遠近につたへて、朕の意を知らしめるやうにせよ。 

【備考】この仁慈じんじあふるるみことのりが、當時とうじ官民かんみんにいかに多大の感激をあたへたかといふことは、その翌七月戊午つちのえうまの二日太政大臣藤原ふじはら良房よしふさ・大納言藤原ふじはら氏宗うじむね中納言みなもととおる左近衞さこんえ大將藤原ふじはら基經もとつね參議さんぎみなもとまさる右近衞うこんえ大將藤原ふじはら常行つねゆき・參議みなもといける以下諸官の連署れんしょを以て、五已上いじょう封祿ほうろくを減ぜられき旨の、次の如き上奏文じょうそうぶん自發じはつ的にたてまつつて、天裁てんさいを願つて居る一によつても知ることが出來る。

 して去月きょげつ二十六日の詔書しょうしょほうずるに、旱雲かんうんじゅんわたり、農夫のうふのぞみをうしなふにより、服御ふくぎょ常膳じょうぜんならびによろしく減撤げんてつすべしとのたまはせらる。臣等しんら擎讀けいどく循環じゅんかんして、感歎かんたんへず。君臣くんしんたいがっするは、まこと古來こらいよりするところなり。豐儉ほうけんぶんを同じくする、今日こんにちのみならむや。してふ、五已上いじょう封祿ほうろくまたしばら減折げんせつしたまはむことを(下略)

と。天皇がきはめて敬虔けいけんな、しかも謙抑けんよく御言葉おことばを以て『これちん不德ふとくにして、百姓ひゃくせいなんつみあらんや。めてつつしみおそれ、いますところを知らず』と仰せられ、服御ふくぎょ常膳じょうぜんを減じて、ひたすら謹愼きんしんせられたのにたいし、太政大臣藤原ふじはら良房よしふさ以下の諸官が、自發じはつ的に連署れんしょを以て封祿ほうろくの削減を願ひいでし如きは、まことに史上まれにみるうるはしきことといふべく、かやうなことは、君臣くんしん父子ふ し關係かんけいにあるわが國家にして、始めて見うるところであらう。