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80 勸農の詔 文德天皇(第五十五代)

大日本詔勅謹解1 思想社會篇

勸農かんのうみことのり(仁壽二年八月 類聚三代格)

洪範八政。食居第一。食貨志又云。國無粟而可活者。自古未之聞。然則王政之要。生民之本。唯在務農。頃年諸國所告。不堪佃。其數居多。是由國郡官司。不勤地利。不重民命之所致矣。甚非所以選擇良吏。委付黎元之意也。凡治田。克勤則畝益三斗。少惰則損亦如是。其種而少惰。所損尙然。況廢而不耕。其費更甚。一畝之田。可食一戸。一畝不耕。一戸受飢。旣多不耕之地。何少受飢之人。古者。州郡官長。春出行田。若有不耕。課而田之。獲者。公私半之。古人至重地利如此。宜下諸道。令曉此情。國郡司等。躬自巡視。修固池堰。催勘耕農。力者褒而錄之。懈者督而趣之。

【謹譯】洪範こうはんの八せいしょくだい一にる。食貨志しょっかしまたいわく『くにぞくなくしてくべきものいにしえよりいまこれかず』と。しからばすなわ王政おうせいよう生民せいみんもとは、のうつとむるにり。頃年けいねん諸國しょこくぐるところたつくるにへざるもの、すうおおきにると。國郡こくぐん官司かんじつとめず、民命みんめいおもんぜざるのいたところる。はなは良吏りょうり選擇せんたくし、黎元れいげん委付い ふする所以ゆえんそむくものなり。およおさむる、つとむれば、すなわごとに三し、すこしくおこたれば、すなわそんまたかくごとし。ゑてすこしくおこたるも、そんするところしかり。いわんやはいしてたがやさざるをや。ついさらはなはだしからん。一でんは、一やしなふべし。一たがやさざれば、一うえく。すでたがやさざるのおおし。いかうえくるのひとすくなくせんや。古者いにしえしゅうぐん官長かんちょうは、はるでてめぐり、たがやさざるものあれば、してこれつくらしめ、ものは、公私こうしこれなかばにせりと。古人こじんおもんずること、かくごときにいたる。よろしく諸道しょどうくだして、じょうさとさしむべし。國郡こくぐんみずから巡視じゅんしして、池堰ちえん修固しゅうこし、耕農こうのう催勘さいかんし、つとむるものは、めてこれろくし、おこたものとくしてこれうながせ。

【字句謹解】◯洪範 の時に洛水らくすいから出た神龜しんきの背に現はれてゐたといふ九章のあやをいひ、天下を治める大法たいほうの意。書經しょきょう洪範こうはんに『天乃錫禹九疇』とある。すなわち天下を治める大いなるのり、洪軌こうきに同じ ◯八政 國家を治めるに最も肝要かんようなる八つのまつりごと。書經しょきょう洪範こうはんに『、一曰食、二曰貨、三曰祀、四曰司空、五曰司徒、六曰司寇、七曰賓、八曰師』にあるを指す ◯食居第一 前項書經しょきょう洪範こうはん、八せいの『』とあるを指す ◯食貨志 漢書かんじょまき二十四に「食貨志」のへんあり。本詔ほんしょう冒頭の一節は同書に出でしもの。すなわち「食貨志、第四上」にいわく『。食謂殖嘉榖可食之物。貨謂布帛可衣、及金刀龜貝、所以分財布利通有無者也。。』云々うんぬんとあり ◯ 古代支那し なじょう食料で、わが國の米にあたる。ここでは一般に榖物の意 ◯王政 王道にのっとるまつりごと、天子親裁しんさいのまつりごと ◯生民之本 生民せいみんは人民。人民の生活を維持する根源の意。前記「食貨志、第四上」に『洪範八政。一曰食。二曰貨。・・二者、興自神農之世』とあり ◯頃年 近年に同じ ◯ くんず、田を耕しつくること。康煕こうき字典に『、治田也、亦作田』とあり ◯國郡の官司 國や郡の役人、ここでは主として國司こくし郡司ぐんじを指す ◯地の利 土地の便利、また土地から生ずる利益りえき、地の生產なりわい ◯民命 民のいのち ◯良吏 よいやくにん ◯黎元 もろもろのたみ。は善良の義、人は善なるものとしてかく呼ぶ。ほ一せつくろは首の意で、黑髪くろかみの人すなわかんむりをつけぬ一般人民をいふと。黎民れいみん黎庶れいしょに同じ ◯委付 ゆだねまかせる、代つて政治をとらせる ◯ 田地でんちの面積の單位たんい現今げんこんは、一たんの十分の一すなわち三十 ◯廢す やめる、よす ◯費え 消費、つひやすところの金品、損害 ◯諸道 もろもろの地方、京師けいしより諸地方に通ずる道路によつてせる地方區劃くかく ◯曉す 敎へさとらせる ◯國郡司 國司こくし郡司ぐんじ。國司に就ては第二十一の〔註一〕を、郡司に就ては第二十二の〔註一〕を參照せよ ◯池堰 池とゐせき、すなわち土を築いて水の流れをふさげるところをいふ ◯修固 修繕して堅固けんごにする、つくらひぢやうぶにする ◯耕農 田を作る百姓ひゃくせいの仕事、またその人をいふ ◯催勘 あるいはうながしあるいはしらべる、せきたてたり、その罪をただしたりすること ◯錄す かきしるす、明らかにする ◯督す 監督する、とりしまる ◯趣す うながす、催促する、せきたてる。

【大意謹述】書經しょきょう洪範こうはんしるすところによれば、『しょく』は八せいの第一位にげられて居るし、食貨志しょっかしまた『榖物がなくて活きて居るものは、むかしからまだ一人も聞かない』としるして居る。であるから王道にのっとる政治をき、民の幸福をはかるための要訣ようけつは、まづ第一に農業をはげむことでなければならぬ。しかるに近年、諸國の告ぐるところを聞くに、土地が荒廢こうはいして、田にすることの出來ないところが、非常に多いといふことである。これは國司こくし郡司ぐんじが、おこたりなまけて、よく土地の利用につとめず、民の生命を重んじない結果によるものである。ちんが良い官吏かんりを特に選んで國司こくし郡司ぐんじに任じ、民をゆだねまかせて居る趣旨にもとり、はなはだ不都合な次第である。一たい米の収穫しゅうかくは、勤勉で上手に田をつくれば、一ごとに三し、少しくなまくれば、損もまた同樣どうようで、一について三ぐらい收穫を減ずるものである。ひとしく田を植ゑてさへも、少しはげむのとなまけるのとでは、すでにこれほどの差があるのである。ましていわんや、土地が荒廢こうはいして全く耕すことが出來ないとすれば、その國家・人民の損失はいくばくであらうか。一の田は、大體だいたいの人を養ふことが出來るのであるから、一を耕さなければ、一うえをうけねばならぬわけである。しかも土地が荒廢こうはいして、耕すことの出來ないところが、すでに多いといふのであるから、かやうな有樣ありさまでは、うしてうえをうくる人を少くすることが出來るだらうか。むかし支那し なでは、春になると州や郡の長官は農村をめぐり歩き、もし田を耕してゐないものが有ると、これに田をわりてて耕作せしめ、秋になつてその收穫は、かみたみと半分づる分けて取つたといふことである。むかしの人は、これほどまでに、地の利を重んじたのである。よくこの意味を、全國の諸道に訓令くんれいしてさとらしめ、また國司や郡司は、怠りなく受持ちの地區ち くを巡視して、池やいせきなどのこはれて居るところは、直ちに修繕して丈夫にし、百姓ひゃくせいの便をはかつて農業をはげましすすめよ。そしてよく働らくものは書きしるして、これに褒美をあたへ、おこたる者にたいしては、監督して働かせるやうにせよ。