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79 水害賑恤の詔 文德天皇(第五十五代)

水害すいがい賑恤しんじゅつみことのり(仁壽元年八月 文德實錄)

朕聞。佐下民者天也。相上帝者君也。君道得則天錫純嘏。民心苦則國式挺灾。朕以寡昧。嗣守鴻基。憂負重而春氷。顧馭朽以秋駕。只願返淳源於旣遠。舒景煦於方今。家詠京坻之豐。人誇鍾皷之聲。而誠難感徹。道謝潜通。行神失和。坎德爲沴。去夏人民。或坐爲魚。今秋廬宅。乍成涌川。朕之不德。万姓何辜。憂心悠々。將何以寄。其使左右京及五畿內。無出今年調。被灾尤甚。不能自存者。有司量加賑恤。俾安其居務。班恩惠。稱朕意焉。

【謹譯】ちんく、下民かみんたすくるものてんなり。上帝じょうていたすくるものきみなり。君道くんどうれば、すなわてん純嘏じゅんかたまひ、民心みんしんくるしめば、すなわくにもっわざわいくと。ちん寡昧かまいもって、ぎて鴻基こうきまもり、おもきをうて春氷しゅんぴょううれへ、きゅうぎょしてもっ秋駕しゅうがかえりみる。ただねがわくは淳源じゅんげんすでとおきにかえし、景煦けいく方今ほうこんべ、いえごとに京坻けいちゆたかなるをうたひ、ひとごとに鍾皷しょうここえほこらんことを。しかるにまこと感徹かんてつがたく、みち潜通せんつうしゃし、行神こうじんうしなひ、坎德かんとくわざわいをなす。去夏きょか人民じんみんあるいしてうおり、今秋こんしゅう盧宅ろたくたちま涌川ようせんれり。これちん不德ふとくにして、万姓ばんせいなんつみかあらん。憂心ゆうしん悠々ゆうゆうとして、いずくもっせんや。左右さゆうきょうおよび五畿內きないをして、今年こんねん調ちょういだすことからしめよ。わざわいこうむることもっとはなはだしく、自存じそんすることあたはざるものは、有司ゆうしはかりて賑恤しんじゅつくわへ、居務きょむやすんじ、恩惠おんけいわかち、ちんかなはしめよ。

【字句謹解】◯上帝 萬有ばんゆうを支配する天の神。萬物ばんぶつ主宰しゅさいする神をいふ。天帝てんてい造化ぞうけ ◯君道 人君じんくんたるの道 ◯純嘏 詩經しきょう大雅卷たいがけん阿章あしょうに出づ、ふくの意。純全じゅんぜんふくをいふ ◯錫ふ たまふ。原本に作る、六國史りくこくし及び諸本によって改む ◯式て もってに同じ。六國史りくこくしに作るも原本にしたがふ ◯灾を挺く わざわい古字こ じ、天地自然のわざはひ。後漢書ごかんじょ楊賜傳ようしでんちゅうに『生也』とあり、生ずる意 ◯寡昧 とくすくなく道にくらきをいふ、謙遜けんそん。◯鴻基 大業たいぎょうのもとゐ。帝王のぎょうをいふ。洪基こうき丕緒ひしょに同じ ◯憂負重而春氷。顧馭朽以秋駕 文選もんぜん王融おうゆう曲水詩きょくすいしじょに『念、懷御奔於』とあるにる。重い荷物を負うて薄い氷の上をわたり、ちたなわを以て六頭の馬をぎょするやうに心細く心配であるといふ意 ◯返淳源於旣遠。舒景煦於方今 文選もんぜん頭陀寺づ だ じ碑文ひぶんに『上派』とあり、ちゅうに『淳和之源』とみゆ。上古じょうこ時代の淳厚じゅんこうふうをいふ。すなわ全體ぜんたいの意は、上古の淳厚じゅんこうふうしたつて、大なる撫育ぶいくの恩を現世にほどこしたいものであるといふ意。だいはめぐみ、すなわち大なるめぐみをいふ ◯京坻の豐 詩經しきょう小雅しょうが甫田章ほでんしょうに『曾孫之庾、如』とあるに出で、榖物の豐饒ほうじょうなるをいふ ◯鍾皷の聲 詩經しきょうしゅう南關なんかん睢章しょしょうに『窃窕淑女、鐘皷樂之』とあるに出で、和樂わがくするをいふ ◯感徹 まことが天地てんち神明しんめいに感じとおること ◯行神和を失ふ 陰陽いんよう・五ぎょう(萬物を組成せる五種の元氣卽ち木・火・土・金・水をいふ)が、和を失ふ意 ◯坎德 水をいふ。易經えききょう說卦せっけでんに『者水也』とある ◯ 水害。水によるわざはひ ◯坐爲魚 水害にふをいふ。左傳さでん昭元年しょうがんねんに『徵禹吾其乎』とあるに出づ ◯盧宅 いほり、いへ。盧舍ろしゃ ◯涌川 ようは水のわき上るをいふ。洪水のために家屋のあるところがたちまち川のやうになつたといふ意 ◯万姓 もろもろのくにたみ。百姓ひゃくせいに同じ ◯悠々 うれへるさまをいふ ◯左右の京 屢註るちゅう平安京朱雀すざく大路おおじによつて京中を東西の二に分ち、東を、西をと呼んだ ◯五畿 屢註るちゅう畿內きないこくすなわ山城やましろ・大和・河内・和泉・攝津せっつをいふ ◯調 已註いちゅう・第二十の〔註二〕をみよ ◯有司 つかさの役人 ◯賑恤 にぎはしめぐむ ◯居務 つねのつとめ、家業をいふ ◯恩惠 いつくしみめぐむ、恩澤おんたく

【大意謹述】聞くところによれば、しもたみたすくるものは天帝てんていであつて、天帝をたすくるものは天子である。ゆえに天子の政治がよければ、天帝は純全じゅんぜんさいわいを天子にあたへるが、もしそのまつりごとわるくて人民が苦しめば、天帝は國にわざはひを下すといふことである。ちんとくすくなく道にくらき身をもつて、天子の位にのぼり、つつしんで祖宗そそう偉業いぎょうぎ、朕の不明ふめいよくこの大任にへうるかと、つねに重い荷を負うてうすい氷をふむやうに恐れ、またちたなわをもつて馬をぎょするやうに、心細く心配である。ただいつも朕の願つて居ることは、今日こんにち輕薄けいはくなる風習を改めて、上古じょうこのやうな淳厚じゅんこうな風俗となし、大なる撫育ぶいくの恩を現世にほどこし、家ごとに豐年ほうねんを喜び合ふ歌のこえが聞かれ、人々はかねつづみをたたいて泰平たいへいたのしむことが出來るやうな世の中にしたいものであるといふことである。しかるに朕のまごころがまだ天に通じなかつたためか、近來とかく天候が不順で、陰陽いんようぎょうを失つて水害が多く、去年の夏も大洪水のために人民は難儀なんぎをしたが、今年の秋もまた、家のまはりは川となる位に大水おおみずが出て、重ね重ねの災難に、民は非常に苦しみなやんで居るといふことである。これは全く朕の不德ふとくの致すところであつて、人民には何のつみもないのである。民の苦しんで居ることを思へば、朕の心はうれひにとざされ、ほとんどうしてよいか分らぬほどである。この民の苦痛を除くために、左右の京および畿內きないこくの今年の調ちょうは、全部これを免除するやうにせよ。罹災者りさいしゃのうちで、被害が最も大きく、そのために自活することが出來ないものにたいしては、係りの役人において、それぞれ事情におうじて適當てきとうめぐみほどこし、安心して家業にせい出すことが出來るやうに取り計ひ、朕の心に添ふやうにせよ。