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78 山野の禁に關する詔 文德天皇(第五十五代)

山野さんやきんかんするみことのり(嘉祥三年四月 文德實錄)

山野之禁。本爲鶉雉。至於草木。非有所制。如聞。所由不熟事意。矯峻法禁。奪人斧斤。捕人牛馬。絕其往還之跡。妨其樵蘇之業。爲人之患。莫此之甚。宜早下知。莫令更然。又聞。豪貴之家。非有官符。妄占山野。多妨民利。如斯之類。並早禁斷。其江河池沼之類。同亦准此。莫致人愁。牓示路頭。普令知見。

【謹譯】山野さんやきんは、もと鶉雉じゅんちためなり。草木そうもくいたつては、せいするところるにあらず。くならく、ことじゅくせざるによりて、法禁ほうきん矯峻きょうしゅんし、ひと斧斤ふきんうばひ、ひと牛馬ぎゅうばとらへ、往還おうかんあとち、樵蘇しょうそぎょうさまたぐるところありと。ひとうれいすこと、これよりこれはなはだしきはし。よろしくはや下知げ ちして、さらしからしむることかるべし。またく、豪貴ごうきいえ官符かんぷるにあらずして、みだりに山野さんやめ、おおたみさまたぐと。かくごときのたぐいならびはや禁斷きんだんせよ。江河こうか池沼ちしょうるいも、おなじくこれじゅんじ、ひとうれいいたすことなかれ。路頭ろとう牓示ぼうしして、あまね知見ちけんせしめよ。

【字句謹解】◯鶉雉 いずれも野禽やきんの一種 ◯意に熟せず 意味を詳しく知らない。意味を明らかにしない ◯法禁を矯峻 禁制きんせいのおきてをめあらためてきびしくすること ◯斧斤 をのとまさかり ◯往還 ゆきとかへりと、また道路をいふ ◯樵蘇の業 樵蘇しょうそ漢書かんじょ韓信かんしんでん後爨』のちゅうに『取薪也、取草也』とあり、すなわち木をるをといひ、草を刈るをといふ ◯下知 しものものに知らせる義 ◯豪貴 豪族と貴族 ◯官符 太政だじょう官符かんぷをいふ。太政官だじょうかんよりその被管ひかんわかち下せる文書のこと。かんのわりふ ◯禁斷 さしとめ。禁制 ◯路頭 みちばた。路傍ろぼうに同じ ◯牓示 かかげ示す。掲示に同じ。

【大意謹述】元來、山野さんやの禁制は、うずらきじやその他の鳥獸ちょうじゅうを保護するために設けてあるのであつて、もとより民の利益りえきさまたぐべきものではなく、したがつて草を刈りまきをとることなどは少しも差し支へない。しかるに聞くところによれば、禁野きんやの保管者どもは、一般人民がこの間の事情にくらいのを奇貨き かとし、勝手に禁制おきて變改へんかいして嚴重げんじゅうなものとし、一歩でも山野內に入るものがあれば、斧やまさかりを取り上げ、放牧せる他人の牛馬ぎゅうばを奪ひ、禁野內は人の通行さへも許さず、民利を害し、木こりや草かりの業を妨げて居るといふことである。他人に迷惑を及ぼすこと、これより甚だしいものはないであらう。早速下知げ ちして、今後は決してかやうなことをさせてはならぬ。ほまた貴族や豪族の中には、かんの免許しょうたず、みだりに山野を獨占どくせんして、一般人民の利益を妨げて居るものがあるといふことである。これ等のことは、いづれもはなはだ不都合な次第で、早々そうそうこれを嚴禁げんきんするやうにせよ。河川や池や沼なども、右にじゅんじて獨占どくせんを禁じ、他人のうれひとなるやうなことをさせてはならぬ。この旨を路傍ろぼうに掲示して、ひろく一般人民に知らせるやうにせよ。

【備考】このみことのりは三代格だいきゃく十六に見え、嘉祥かしょう三年(皇紀一五一〇年、庚午)四月二十七日の太政だじょう官符かんぷに『應禁制山野、不失民利事』とあり、ぶん相違そういし、日もまた一日の差がある。このみことのり發布はっぷは、三代格だいきゃく十六・文德もんとく實錄じつろく第一卷ともに嘉祥かしょう三年四月癸酉みずのととりの二十六日と記して居る。ほこのみことのり發布はっぷ日に就ては、四月二十三日とせる書もあるが、本書はしばらく三代格だいきゃく十六・文德もんとく實錄じつろく第一卷にしたがひ四月二十六日とす。