77 農耕を勸むるの勅 仁明天皇(第五十四代)

農耕のうこうすすむるのみことのり(承和七年二月 續日本後紀

國家隆泰。要在富民。倉廩充實。良由有年。故耕耘時。必致京坻之蕃。稼穡候違。招飢饉之憂。農之爲道。豈不勗歟。去年炎旱作灾。嘉榖彫萎。百姓阻飢。國用闕乏。雖灾異之臻。則是天道。而庶民之愚。恐有捲惰。方今靑陽入序。俶載南畝。勸課之事。適有此時。宜告五畿內諸國。戒以農事。隨事催勤。莫致懈怠。

【謹譯】國家こっか隆泰りゅうたいは、まさたみますにり。倉廩そうりん充實じゅうじつは、まことみのりあるにる。ゆえ耕耘こううんときなれば、かなら京坻けいちしげきをいたし、稼穡かしょくこうたがへば、飢饉ききんうれひをまねく。のうみちたる、つとめざらんや。去年きょねん炎旱えんかんわざわいし、嘉榖かこく彫萎ちょういして、百姓ひゃくせいうえなやみ、國用こくよう闕乏けつぼうせり。灾異さいいいたるは、すなわ天道てんどうなりといえども、しか庶民しょみんおそらくは倦惰けんだあらん。方今ほうこん靑陽せいようじょり、はじめて南畝なんぽことあり。勸課かんかことまさときにあり。よろしく五畿內きない諸國しょこくげ、いましむるに農事のうじもってし、ときしたがひて催勤さいきんし、懈怠けたいいたすことなからしむべし。

【字句謹解】◯隆泰 をさまりさかんになる。隆昌りゅうしょう泰平たいへい ◯倉廩 こめぐら ◯ みのる。榖物みな熟す ◯致京坻之蕃 は榖物の收穫しゅうかく豐富ほうふにして、丘陵きゅうりょうの如くなるをいふ、も共に丘の意。詩經しきょう小雅しょうが甫田章ほでんしょうに『曾孫之庾、如』とあり。はしげく多いこと。すなわ耕耘こううんの時節がよければ、秋には丘のやうに多くの收穫しゅうかくがあるとの意 ◯稼穡 田をううるをといひ、かりとるをといふ。てんじて農耕の意 ◯候に違ふ 時節にたがふ。原文に作る、六國史りくこくしよっむ ◯炎旱 ひでりつづき、旱魃かんばつ ◯ わざはひ。古字こ じ ◯嘉榖 よいたなつもの。ここでは稻榖とうこくの意 ◯彫萎 衰へしぼむ。は衰へいたむ意 ◯國用 國家の費用 ◯闕乏 缺乏けつぼうに同じ ◯灾異 天災てんさい地異ち いをいふ。天地自然のわざはひ ◯天道 天理。天地自然の道理 ◯捲惰 おこたりなまける ◯方今 ちやうどいま、いままさに ◯靑陽入序 は春の異名いみょう四時しいじじょをいふ ◯俶載南畝 詩經しきょう小雅しょうが大田章だいでんしょうに『以我覃耜、』とあるに出づ。は始め、ことの意。は南方の日あたりよき田。詩經しきょう豳風ひんぷうに『同我婦子、饁彼』とあり ◯勸課 仕事をわりあてて、すすめ行はせる ◯五畿 畿內きないこくすなわち山城・大和・河内・和泉・攝津せっつの五國をいふ ◯催勤 うながしてはたらかせる ◯懈怠 おこたりなまける。

【大意謹述】國家がさかんになるために大切なことは、民を富ませることであり、民を富ませるのに大切なことは榖物をよくみのらせることである。耕耘こううんの時節がよければ、秋には丘のやうに多くの收穫しゅうかくがあるが、耕耘の時勢が惡ければ、榖物がみのらず、飢饉ききんうれひを招くのであるから、農業の道はよく時節を考へて、つとめはげまねばならぬ。去年は不幸にしてひでりがつづき、榖物がみのらなかつたために、民はうえになやみ、國家もまた費用の缺乏けつぼうに苦しんだ。天災てんさい地異ち いによるわざはひは、もともと自然に起るのであるからやむを得ないが、昨年の凶作はただ災難のためばかりではなく、農民がおこたりなまけてゐたことも、おそらくその原因の一つであつたかと思はれる。今年は決してさやうなことが、あつてはならぬ。いまや時はちやうど春の初めであつて、これから農事のうじもそろそろ始まるのであるから、農民をすすめはげますには、最もよい時節である。それで畿內きないこくおよび諸國に告げ、知らせ、特に農事に就ていましめ、時にしたがうてうながし働らかせ、決しておこたりなまけさせるやうなことがあつてはならぬ。