66 王臣豪民の山林を占むるを禁ずるの勅 桓武天皇(第五十代)

王臣おうしん豪民ごうみん山林さんりんむるをきんずるのみことのり(延曆十九年四月 類聚國史)

山澤之利。公私須共。是以屢下明制。重禁專擅。而伊賀國不顧朝憲。王臣豪民。廣占山林。不許民採。國郡官司。知而不禁。妨民奪利。莫過於斯。若慣常不悛。科處如法。宜准去十七年格。盡收還公。令百姓共其利。但東西二寺稱構堂宇。其巨樹直木。特聽禁斷。

【謹譯】山藪さんそうは、公私こうしすべからともにすべし。ゆえしばしば明制めいせいくだし、おも專擅せんせんきんじたり。しかるに伊賀國いがのくに朝憲ちょうけんかえりみず、王臣おうしん豪民ごうみんひろ山林さんりんめて、たみるをゆるさず、國郡こくぐん官司かんしつてきんぜず。たみさまたげ、うばふこと、れにぐるはなし。つねれてあらためずんば、とがしょすることほうごとくせよ。よろしくる十七年のきゃくじゅんじ、ことごとおさめてこうかえし、百姓ひゃくせいをしてともにせしむべし。ただ東西とうざいの二は、堂宇どううかまふとしょうす。巨樹きょじゅ直木ちょくぼくは、とく禁斷きんだんゆるす。

【字句謹解】◯山藪の利 山川さんせん藪澤そうたくの利。山や川ややぶさわからあがる利益りえき ◯公私 おほやけとわたくしと。官府かんぷと個人と ◯明制 あきらかなるおきて ◯專擅 せんせんも共にほしいままにする、おのれの意に任せてほしいままに事を處置しょちする義。專恣せんしに同じ。抱朴子ほうぼくしに『事無、請而後行』とあり。原本に作る「類聚國史」(國史大系)にと訂正す ◯朝憲 朝廷のおきて、天子の命令。國家根本の制法 ◯豪民 豪族。勢力大なる一族、財產多く勢力ある民 ◯ 王朝時代にりつりょうを執行するため、時勢じせいおうじて臨時にはっせられし命令。『三代格だいきゃく』といふ如し ◯東西の二寺 東寺とうじ及び西寺さいじをいふ。桓武かんむ天皇延曆えんりゃく十五年、羅生門らしょうもんの左右に東寺・西寺を建てて、左右りょう京の鎭護ちんごとせられた。東寺本名ほんみょう敎王きょうおう護國ごこくといひ、げん京都市下京區しもきょうく條町じょうまちにあり ◯堂宇 寺院の堂舍どうしゃ ◯構ふ かまふ、家屋などをつくること、構築。原本及び「類聚國史」(國史大系)共に、に作る。字義に依りしばらに作る。

【大意謹述】山や川やたかむらさわ利益りえきは、一個人が勝手にこれを壟斷ろうだんすべきものではなく、社會しゃかい一般が共にその恩惠おんけいよくすべきものである。そのために、今日こんにちまでもたびたび明らかなを下して、一個人がほしいままにこれを處置しょちする事を、しく禁じてある次第である。しかるにこのごろ聞く所によれば、伊賀の國に於ては、この朝命ちょうめいかえりみず、王や臣家しんか豪族どもが、ほしいままに山や林野をひろ獨占どくせんして、民が木や草をることさへも許さず、しかも國や郡の役人もまた、このじょうを知つてゐながら、あへてこれを禁止しようともしないといふことである。民の業務を妨げ、社會しゃかい一般の利益りえき福祉を奪ふこと、これよりはなはだしいものはない。今後もしかかる不正にれて、それをあたりまへのことと思ひ、いつまでも悔い改めないものがあつたならば、法の定めるところにしたがつて、容赦なく重きとがしょせよ。すなわち去る延曆えんりゃく十七年のきゃくしたがつて、右の山林はことごとく官に返還せしめ、人民一般をして共にその利を享有きょうゆうせしめよ。もっとも東西の二は、共に堂宇どううを構築するといふことであるから、その大きな樹や、まつぐな木は、特にその使用を差しゆるすこととする。

【備考】本勅ほんちょくは『類聚國史るいじゅうこくし第百八十かん佛道ぶつどう七、諸寺、桓武かんむ天皇延曆えんりゃく十九年四月丁丑ひのとうしのくだり』にするところで、王臣・豪族の山川さんせん林野りんや獨占どくせんして民利みんりを阻害するのを、嚴禁せられたものである。歷代天皇がしばしばみことのりを下して、王公諸臣・國司こくし・豪族等がほしいままに天下の山野河川を獨占どくせんして、その利益りえき壟斷ろうだんせることをしく禁止せられて居るのは、上來じょうらいしばしば述べきたつた通りであるが、こと本勅ほんちょくにおいて桓武かんむ天皇が、その理由を明示せられ

 山藪さんそうの利は、公私すべからく共にすべし

と仰せられて居るのは、特に注目すべきである。何となれば、これによつて、山澤さんたく獨占どくせん禁止の御精神が、いづくにあつたかといふことを、はいすることが出來るからである。