60 王臣等山澤の利を專にするを禁ずるの詔 桓武天皇(第五十代)

王臣おうしん山澤さんたくもっぱらにするをきんずるのみことのり(延曆三年十二月 續日本紀

山川藪澤之利。公私共之。具有令文。如聞比來。或王臣家。及諸司寺家。包幷山林。獨專其利。是而不禁。百姓何濟。宜加禁斷。公私共之。如有違犯者。科違勅罪。所司阿縱。亦與同罪。其諸氏冡墓者。一依舊界。不得斫損。

【謹譯】山川さんせん藪澤そうたくは、公私こうしこれともにすと、つぶさ令文れいぶんり。くならく、比來このごろあるいおう臣家しんけおよ諸司しょし寺家じ け山林さんりんあわせ、ひともっぱらにすと。これをしもきんぜずんば、百姓ひゃくせいなんすくはむ。よろしく禁斷きんだんくわへ、公私こうしこれともにすべし。違犯いはんするものあらば、違勅いちょくつみせよ。所司しょしにして阿縱あしょうするものも、とも同罪どうざいとせよ。諸氏しょし冡墓ちょうぼは、一に舊界きゅうかいり、斫損しゃくそんすることをざれ。

【字句謹解】◯山川藪澤の利 山や川やたかむらさわなどによる利益りえきすなわち天地自然によつてうける利益りえき ◯公私 おほやけとわたくしと、公共的と個人的と ◯具に令文有り くはしいおきてがある。三代格だいきゃくまき十六延喜えんぎ二年三月十三日の官符かんぷ中に見え、『山川云々』は雜令ざつりょうに見ゆ。山野さんや獨占どくせんを禁ぜられしは、歷代れきだい詔勅しょうちょく中にもしばしば見るところにして、詳くは備考欄を參照せよ ◯王・臣家 王公おうこう諸臣しょしん。王は皇族の男子にして、親王しんのう宣下せんげなきかたをいふ ◯諸司 もろもろのつかさ ◯百姓 ひろく一般人民をいふ。おほみたから ◯禁斷 とどめいましむ、さしとめる。はつと ◯阿縱 はおもねりへつらふ、諂諛てんゆしょうはほしいままにする、わがままにふるまふ。阿縱あしょうはおもねりへつらつて、ほしいままの行動をとること ◯冡墓 ちょうつかに通ず、大いなる墓。冡墓ちょうぼ ◯斫損 しゃくはきる、うつこと。そんはきづつける。すなわちぶちこはしてきづつけること。

【大意謹述】山林や河川や藪澤そうたくなどによる利益りえきは、一個人が勝手に獨占どくせんすべきものではなく、社會しゃかい一般が共にその利益りえきをうけねばならぬといふことは、すでに詳しいおきての有る通りである。しかるに聞くところによると、このごろ王公諸臣や諸役人や寺院などが、ほしいままに山林や藪澤そうたくをひとり占めして、自分だけでその利益りえき獨占どくせんして居るといふことである。じつに不都合な次第で、これを禁ぜずして、どうして一般人民を救ふことが出來るだらうか。今後は一切これを禁じ、一般人民がひとしくその恩惠おんけいよくするやうにせよ。もしこれに違反するものがあつたならば、違勅いちょくの罪をもつて處罰しょばつし、また役人にして、おもねりへつらつて、勝手な行動をとるものがあつたならば、そのものも同罪とせよ。諸家しょけの墓地は、もつぱらふるい境界によつて區別くべつし、よくこれを保護して、破損するやうなことがあつてはならぬ。

【備考】王公諸臣や豪族ごうぞくが、山澤さんたく林野りんや獨占どくせんして、ほしいままにその利益りえき壟斷ろうだんすることを禁ぜられし詔勅しょうちょくは、古來こらいしばしばはいするところであつて、したがつてこれにたいする禁斷きんだんは、ひとり三代格だいきゃく(弘仁格式・貞觀格式・延喜格式三代格式、略して三代格といふ)や雜令ざつりょうにみゆるばかりでなく、げん桓武かんむ天皇もこの前月、すなわ延曆えんりゃく三年十一月庚子かのえねの三日のみことのり(第五十九參照)において、の如くきびしくこれを彈呵だんかしたまうてる。

 このごろ諸國司等こくしら・・・ひろ林野りんやめて蒼生そうせい便要べんようを奪ひ、あるいは多く田園をいとなみて、黔黎けんれいの產業を妨ぐ。・・・よろしく禁制を加へ、貪濁たんじょくこらあらたむべし。と

 ほ古くは、慶雲けいうん三年三月、文武もんぶ天皇みことのりして王公諸臣の山澤さんたく獨占どくせんすることを禁ぜられ(第十九參照)、また元明げんみょう天皇和銅わどう四年十二月、親王しんのう已下い か及び地方豪强ごうきょう山野さんやむる事を禁ぜられ(第二十一參照)、同じく六年十月には、更に諸寺の田野でんや獨占どくせんすることを禁じてられる(第二十四參照)。これ事實じじつにみるも、山川さんせん藪澤そうたくの利を壟斷ろうだんして、一部富强ふきょうのともがらが、一しん利益りえきをのみいとなまうとすることは、明らかにわが皇道こうどう精神せいしんに反するものであることを知りうる。いわんやこれを犯すものにたいして、最も重きにしたがひ『違勅いちょくの罪を以て論ぜよ』と仰せられて居るほどである。