54 田を賈り傜錢を輸するを禁ずるの勅 光仁天皇(第四十九代)

傜錢ようせんするをきんずるのみことのり(寶龜十年九月 續日本紀

依令條。全戸不在郷。依舊籍轉寫。幷顯不在之由。而職撿不進計帳之戸。無論不課及課戸之色。摠取其田。皆悉賣却。一取之後。更無改還。濟民之務。豈合如此。又差使雜傜。事須均平。是以。天平神護年中有格。外居之人聽取傜錢。而職令京師多輸傜錢。因茲百姓窮弊。遂竄他郷。爲民之蠹。莫大於斯。而頻經恩降。不論其罪。自今以後。嚴加禁斷。

【謹譯】令條りょうじょうるに、全戸ぜんこきょうらざれば、舊籍きゅうせきつて轉寫てんしゃし、ならび不在ふざいよしあきらかにせよと。しかるにもっぱ計帳けいちょうすすめざるのけんして、不課ふ かおよ課戸か こしきろんなく、すべり、みなことごと賣却ばいきゃくし、一たびるののちさらあらたかえすことなし。濟民さいみんつとめ、かくごとくなるべけんや。また雜傜ざつよう差使さ しする、ことすべからく均平きんぺいなるべし。ここもって、天平てんぴょう神護しんご年中ねんちゅうきゃくあり、外居がいきょひと傜錢ようせんるをゆるすと。しかるにもっぱ京師けいしは、おお傜錢ようせんいたさしむ。これつて百姓ひゃくせい窮弊きゅうへいし、つい他郷たきょうのがる。たみすこと、これよりだいなるはし。しかれどもしきりに恩降おんこうて、つみろんぜざりき。いまより以後い ごげん禁斷きんだんくわへよ。

【字句謹解】◯令條 箇條かじょうがきにしたおきて、のり ◯全戸 家內中かないじゅうすべて、全家族。とは、戸令義解こりょうのぎげに『假如要藉驅使擧戸赴任幷浮逃未除之類也』とあり ◯舊籍 ふるき戸籍 ◯職ら おもに、もつぱらの意 ◯計帳 しらべ記せし帳簿 ◯不課及び課戸 貢調みつぎ賦課ぶ かせし家と賦課ぶ かせざる家 ◯ くさ、種、種類 ◯濟民 民をたすけすくふこと ◯雜傜 よう、民を徵發ちょうはつして公務に使役しえきすること、ぶやく。すなわちいろいろのぶやく ◯差使 追ひ使ふこと ◯均平 平等の意、同じやうに ◯ りつりょう發布はっぷするために、その時勢じせいに適するやうに發布はっぷせし命令、『』または『(稱德天皇天平神護元年三月五日丙申の勅にあり)』といふ如し ◯外居の人 他郷たきょうにある人 ◯傜錢 傜役えだちの代りに徵收ちょうしゅうせしぜに ◯京師 京師けいしは天子のゐます都をいふが、ここでは京官きょうかんの意、すなわ京師けいしに在職する官吏かんり老學ろうがく菴筆記あんひつきに『皆謂之、言官于也』とある ◯窮弊 窮乏きゅうぼうして疲弊ひへいすること、すなわち貧乏してつかれ衰へる意 ◯蠹を爲す はきくひむし木中きちゅうに生じてしんを食ふむしてんじて物ごとを害する意。すなわ害毒がいどくとなること ◯恩降 恩典おんてんをくだす意、恩惠おんけいほどこして ◯禁斷 きびしくさしとめること。

【大意謹述】おきての定めるところによれば、家族全部が郷里きょうりに居ない場合には、古い戸籍によつてうつしを取り、その不在であることを明らかにして置けとある。しかるに役人の中には、帳簿を出さない家をしらべて、みつぎを賦課ぶ かした家でも、賦課ぶ かしない家でも委細いさいかまはず、すべてその田をとり上げ、これを皆りはらつてしまひ、一たび取りあげたが最後、民にかえさないものがあるといふことである。民をたすけ救ふべき地位にある役人が、どうしてかやうなことをしてよからうか。また民をいろいろの傜役えだちに使ふ場合でも、すべて公平でなければならぬ。そのために、稱德しょうとく天皇天平神護しんご年中のおきてにおいて、他郷たきょうに在るもののためには傜錢ようせんをとることが許されて居るのである。しかるに京師みやこの役人たちは、多くの傜錢ようせんを、みやこに送らせて居るので、ために民はますます貧乏して苦しみ、しまひには郷里にもれなくなつて、他郷へ出奔しゅっぽんしてしまふのである。民を苦しめ害すること、これより大きいものはないであらう。しかし今日こんにちまではこれを大目おおめにみて、別に處罰しょばつもしなかつたが、今後は一切かやうなことがあつてはならぬ、きびしく差しとめる。